満ちた月、欠けた心

泡沫 知希(うたかた ともき)

欠けた心

 私は男に連れられて、森の中にいた。しばらく歩けば、他に2,3人の男たちが待機していた。私を引っ張ってきた男が


「剣を持て。今からあの家に襲撃を行う」

「あのっ、急に言われても……」


拳銃を額に突き付けられて


「死にてぇのか?ここで死ぬか剣を持つか選べ」


私は大人しく剣を受け取った。受け取るしか選択肢が無かったのだ。剣の重みを感じながら、手が震えていた。男たちは手慣れたように各々の武器の確認を行っている。私のことなんて気にせずに。

私を連れてきた男はリーダーなのだろう。指示をしていて、周りの人たちは男の様子を伺っている。男は指示が終われば、私の胸元を掴み


「お前の初仕事だ。俺の後ろについてこい。遅れるなよ」


低い声で脅してくる。私は首を縦に振ることしか選択肢がなかった。そして、合図がされた途端、一斉に目標の家に走り出した。足音なんて立てず、すぐに家を囲んだ。大体、20人くらいの男たちがそろっていた。

窓側に着いたので、中の声が聞こえてくるのだった。


「お母さん、赤ちゃんもう寝た?」

「寝てるわね。移動に疲れたんでしょうね」

「おい、コラ!俺たちだって見たいんだ!どけよ」

「お兄ちゃんたちは赤ちゃんのために、火が消えないようにしなよ」

「赤ちゃん寝てるんだから、静かにしなさいよ」

「おねえちゃんもきたらダメ!おとうとのめんどうみたいから!」

「前までこんなに小さかったのにな」

「お父さん、まだお兄さんに手紙書いてるの?」

「いや、手紙で相談してた名前の候補を確認してたんだ」


ずいぶんと大家族のようだ。聞こえてきた声が、全て違う人だった。賑やかな家族で、新しい命が家に来たようだ。暖かな雰囲気に心が穏やかになりそうだったが、私は思い出した。なぜここにいるのかを。幸せな世界を今から壊される。


「お母さん、お兄さんはまだ帰ってこないの?」

「お兄さんは勉強頑張っているからまだよ」

「可哀そうになぁ。俺は馬鹿で良かったな、家族と一緒にいられるから」

「兄さんと似て、赤ちゃんも賢いかもね」

「バカ兄貴に似ないでくれよ」

「なんだと!?」

「あ~あ、そこが良くないんだよ」

「喧嘩しないの。ほら、準備ももう少しよ」


大きな机の上には食事が並べられており、見ているだけでよだれがこぼれそうだった。私は男に呼びかけられて


「おい、何見とれてるんだ。もう襲撃するぞ。俺についてこい。逃げたら殺す」


耳元で低い声で脅された。全身に鳥肌が立ち、手足が冷たくなるような感覚に襲われる。動けなかった。動きたくなかった。男は呆れたように男はため息を吐きながら、私の手を掴む。私の手を掴んでいる男が手を挙げたら、男たちは窓や、扉を壊しながら家に侵入する。私と男は最後に扉から入った。


私は中から聞こえてくる音に耳を塞ぎたかった。先ほどまで楽しそうに話していた声の悲鳴と、男たちが壊す音や笑い声が不協和音を奏でている。男たちに必死に抵抗していく父親や、子どもたち。しかし、手慣れているであろう男たちによって、すでに赤く染まっている。拳銃や剣、斧などが使われることで。私は目も覆いたくなった。

扉から動けないでいると、男に後ろから拳銃で頭をグリグリされて


「母親をお前はやるんだ。いいか?出来なかったら殺す」


全身から汗が吹き出てきた。近くには赤ちゃんを守りながら、子どもたちに逃げなさいという母親。手が震えているが、必死に声をかける姿が素晴らしいと思った。そんな人を殺したくないし、そもそもこんなことなんてしたくない。抵抗しようとしても、動けない。男は動かない私にしびれを切らしたのか


「おい、早くしろ!やれ!!!」


私は母親に向かって歩き始めた。逆らえなかった。恐怖から従ってしまった。そんな自分に情けなさを感じる。少しずつ歩き始めながら、私は思いついた。殺したフリをしようと。下を向きながら、周りの状況を伺えば、多分他は助からない。せめて、母親と赤ちゃんだけを救おう。それなら出来る。私は母親の周りに人がいないうちに、死んだふりをしてもらおうと決めたから、急いで母親と赤ちゃんの方へ。

母親はこちらに気づいたのか、どんどん後ずさりしていく。壁に背中をつけた母親は、泣いている赤ちゃんを腕で守りながらこちらを睨みつける。これはチャンスだった。私はしゃがんで、母親の耳元で囁いた。


「死んだふりをしててください。あなたたちだけでも助けます。少しだけ耐えて下さい」

「何言って」

「私は止める勇気も無かった。だからせめてあなたたちだけは救いたいのです。今から刺しますが、赤ちゃんだけでも救いたいでしょ。信じて」


母親は私の顔を見て、恐怖の顔から少しだけ安堵の表情を浮かべた。そして


「お願いするわ。ちゃんと演じるから、あなたも泣きそうな顔を見て信じるから」


決意を固めた母親。心強い目つきに私は勇気を固めた。私は心の中で謝りながら、母親の太ももを思いっきり剣で刺した。


「ぐうっっ…」

グチャぁ


母親の悲鳴に、剣から伝わる肉を刺す感覚。剣が筋肉の繊維を切ってることも伝わり、手が震える。この光景から逃れたい。でも、母親と赤ちゃんだけは救うと決めたからには、私がどうにか対処しなきゃという思いで剣を強く握った。思いっきり、深く足に刺していく。殺したと見せるために。心臓の音が大きく聞こえ、肉が切れる音も聞こえてくる。泣くのを必死にこらえながら、呼吸をする。私は立ち上がって、母親と赤ちゃんを隠すようにする。男は離れたところから


「よくやった。それにしてもお前は効率が悪いなぁ。心臓を刺せば一発で死ぬのにな」

「……」

「それとも、苦しんでる姿を見たいのか?」

「ギャハハハ、女のくせにゲスだな」


何も答えたくなかった。あいつがいなければこんなことなんてしなくてよかったのに。男やその仲間たちに殺意が沸いてきた。母親は目を閉じ、死んだふりをしている。しかし、母親の呼吸が荒れているのに驚いたのか


「うぎゃあああぁぁぁ」


赤ちゃんが大きな声で泣きだした。母親は赤ちゃんをあやそうとしてしまい、目を開けてしまった。それを見てしまった男は


「おい、まだ殺せてないじゃねーか」


私と母親は心臓を掴まれたようだった。男は私の後ろに立っていて、私がハッとした顔をしてしまい


「あーあ、お前はやっぱりそういうことするんだな。見とけ」


私を母親の目の前に座らせた。別の男が私の髪を引っ張り、顔を固定した途端、男は母親の眉間へ拳銃を撃った。ぴしゃと、顔に赤いものが飛び散ってくる。私は救うことが出来なかったことを理解した。鼻から強い香りもしてくる。あぁ、ダメだった。母親が赤く染まるのを眺めれば、撃つ音が聞こえて赤ちゃんも同じように赤く染まる。

助けたかった。救いたかったのに、ダメだった。現実を受け入れられなくて固まっていれば


「次からは馬鹿なことを考えるなよ?それにもうお前は俺たちと同族だぜ?人を殺したんだからなぁ。この剣で刺したんだよ」


男は母親に刺されたままの剣を抜いて、それに付いた血を指で掬った。膝を曲げて、私の唇に塗るのだった。他の人達はこれを見ながら笑っていた。


「赤い唇は美しいな。さぁ、帰るぞ」


男は私の手を引いて、立ち上がらせる。剣をもう一度握らされるが、私はされるがままだった。


 最後に家の中を見れば、暖かな空間は失われていた。冷たくなり始めたであろう死体に、全身が冷えていくように感じた。母親と赤ちゃんを見れば泣きたくなった。目の前に歩く男たちが笑う姿に、剣を強く握りしめた。










 気がつけば私は水たまりの真ん中に立っていた。そこには綺麗な満月が写っている。満月の光が私に教えてくれた。水ではなく、これは真っ赤な液体のようだ。

 全てからあの時に知った匂いがするのだ。体中も多分真っ赤な液体によって、濡れているのだろう。

 周りを見渡せば、山積みになった何か。近くには腕のようなものも落ちている。それを見ても何も思わなかった。



 

 月は満ちていたのに、私の心は欠けてしまったようだ。

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満ちた月、欠けた心 泡沫 知希(うたかた ともき) @towa1012

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