肉壁との出会い

 これからする話は、俺が隣国の騎士をしていた頃のこと――。

 高熱で倒れる者が続出し始め三日目、王命が下る。

疫病えきびょうを早急に解決せよ!」

 モンスターや人に起因する問題であれば、排除すれば解決する。しかし疫病えきびょうには実体が無い。どうすれば解決出来るか――一向に糸口が見つからない状態が続き、途方にくれた。


 上からは、未だ解決出来ないことを詰められる日々。憔悴しきった同僚が呟く。

疫病えきびょうは、外から来たんだよな?」

「今までは無かったからな」

 元々は無かった。だから外から持ち込まれたと考えるのが妥当だろう――同僚の目が、何かを捕捉していることを、気にすることなく答えた。


「だよな。あいつが運んで来たんじゃないか」

 同僚はおもむろに立ち上がる。そして、視線の先に居る野菜やさい売りの女を取り押さえ、咆哮ほうこうする。

疫病えきびょうを広めた犯人を捕らえた!!」

 彼女は無実を訴え続けた。しかし彼女の言い分を聞く者は居なかった。俺達は、彼女を疫病えきびょうを広めた犯人に仕立てあげ、処刑すれば任務完了となる。冤罪だとわかっていても、を唱える同僚は存在しなかった――。


 彼女は騎士に引きずられ、処刑場へと連行される。そして、すぐさま縛り上げられ、生きたまま焼かれる――重罪人じゅうざいにんは、すぐには死なせてもらえない。数十分間に渡り、炎の中からこだまする彼女の悲痛な叫びが耳に残る――。


 俺は職務を全うしているだけ。罪人を処分する行為に、罪悪感を感じる必要はない――そう自分に言い聞かせる。


 処刑直後。王命が下る――。

「悪の根源である、集落ごみためを焼き払え」

 一度下った王命が撤回された前例は無い。王に苦言を呈する従者は存在しない。もしも従わなければ、反逆罪で即時処刑される。


 如何いかなる命令にも従うことが、この国で生きていくすべ


(俺は何のために騎士になったんだろう……)


 誰よりも強くなるため、ひたすら修行した。王直属護衛団長になれば、王に提言する権利を得られる――だから、理不尽な世界を変えたくて努力を続けている。

 でも、今俺がしていることは、理不尽な世界への加担。如何いかなる命令にも従うことが、この国で生きていくすべ。生きることを望む限り、提言する機会は訪れない。


(普通に過ごせる世界にしたい)


 俺の願い。でも俺自身がそうさせないための存在となった――。


(俺は、何のために生きてるんだろう……)


 俺は、同じ過ちを繰り返している――。


  * * * 


 俺には前世の記憶がある。

「売上げのため、何だってしろ! できない奴はクズだ!」

 誰かと顔を合わせる度、罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられる。どれだけ売上げを伸ばしても、次の目標を上げられ続けるだけだった。


 俺の身体からだの所有権は、俺には無かった。二十四時間三百六十五日、いつでも呼ばれたらすぐに飛んでいき、どのような要求にも『はい』と答え、従うことだけが、生活の全てになっていた。


 会社のために生きているだけ――いや、生きてはいなかった、心は死んでいたのだから。

 何も考えないようにして過ごしたが、気付いたら俺は、会社の屋上から身を投げていた。


  * * * 


 聖騎士長せいきしちょうは、王命『集落を焼き払え』に加え、『皆殺しにしろ』と命じた――。

 俺の任務は後始末。人と村を焼き尽くさなければならない。


 ただ逃げ惑うだけの民を皆殺しにすることに、それほど時間はかからなかった――。

 蹴り飛ばした少女の頭を踏み付け、地面に剣を突き立てる。

しかばねをここへ集めろ!」


 瞬く間に、俺の眼前にしかばねが積み上がる。

「ご苦労。あとは焼き払うだけだ。お前たちは先に戻り、報告をしろ!」


  * * * 


 全ての騎士が撤退したことを確認する。

 ようやく一人になれた――監視社会だから、いつも誰かに見られている。

(こんな生活を続けたくない。もう耐えたくない……だから、終わらせるんだ……)


 鎧を脱ぎ、俺と似た体格のしかばねに着せる。

(今日、俺はここで焼死する……)


 火を放つ前に、踏み付けていた少女を抱き上げる。

 少女が生存していることを誰にも悟られないよう、気絶させ、足元に置いていた。


  * * * 


 全てを焼き尽くし、任務は果たした。

 村の外、城とは反対方向はんたいほうこうへと、を進める。


 抱えている少女が目を覚ます。

「ママのところに行きたい。お城に野菜を届けに行ってるの」

 今でも強く記憶に焼き付いている、少女の言葉。


野菜やさい売り……この子は、処刑した女の娘か……)

 少女から母親を奪ったのは俺だ。真実を伝えれば、俺は楽になれる。けれど、この少女は生涯、その悲しみを背負い続けることになる――罪は墓場まで持って行こう。少女の言葉に反応することなく、前だけを見て歩き続ける――。


 少女が行きたい場所は、俺が去ろうとしている場所。だから行くことは出来ない。

 色々な地を転々としながら、冒険者としてクエストの報酬で生計を立てた。

 少女は聞き分けが良かった。だから日常生活では邪魔になることは無かったが、彼女を守りながら出来るクエストは少なかった。


 守らなくても、問題無い程度の耐性を付けよう――。


 死ななければ良い程度にしか考えていなかった。しかし、彼女は俺の予想を上回り、優秀なタンクへと成長した。

 懸念点は、俺が物理攻撃しか出来ないから、彼女が日々の修行により得られるのは、物理耐性のみであること。

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