50. 語られざる愛欲

「レディ。君はどうかな?」


 ……なんで、そこでわたしに聞いてくるかな。

 何となく、矛先が向く予感はしていたけど。


「君は、生首を集め、従者くんを虐げていたじゃないか。……本当に、楽しくなかったのかい?」


 ねっとりと絡みつくような声音が、心の奥底を覗こうとする視線が、とにかく気持ち悪い。

 ……何も、分かっていないくせに。


「楽しくなかったよ。……もっと言うと、楽しもうとはしていたけど、心からは楽しめなかった」


 どろりとした感情が、「わたし」を過去に引き戻す。

 制御できない感情が、口から次々に溢れ出す。


「わたしも復讐に狂ったエドマンドと同じ。。何かに執着しなければ耐えられなかったの」


 チェルシーは、

 父親が怖かった。母親が怖かった。使用人が怖かった。人間が怖かった。世界が怖かった。

 

 どんな人間も生首になってしまえば、もう、殴らないし罵声も浴びせない。

 わたしは結局、恐怖を紛らわせて、どうにか安心したかったのだと思う。

 ……でも。愛されるのも怖かった。失うのも怖かった。信じることも、怖かった。……だから、ゴードンとの関係も拗れてしまった……。

 

「……その顔だ」


 アルバートは、否定も肯定もしなかった。


「その顔だよ、レディ」


 うっとりと微笑み、爛々と輝く眼差しでわたしの瞳を覗き込む。


「君の虚無と恐怖は、理解できるよ。どうやら、在りもしない幸せに焦がれ続けていたようだね。に来れば、苦しまずに済んだだろうに」


 違う。

 いいや、「違う」と思い込んでいた。思い込みたかった。

 

「僕のように、受け入れてしまえば良かったのに」


 チェルシーは壊れていた。エドマンドも、きっと同じだ。

 ゴードンやレイラは狂いきれなかった。

 ニコラスはまあ置いておいて、リナは……リナもよくわかんないとして……

 

 アルバートは、んだ。

 

「僕が、虐げられることに快感を見出したのは、最初からだと思うかい」


 ……答えられない。

 

「僕が、生まれた時から、『人を食べたい』と思っていたと思うかい」


 それも、答えられない。

 

「虐げられ、虐げて、また虐げられて……最後には僕がすべてを喰らう。その繰り返しルーティンが最も、僕を満たしてくれた」


 わかる。……わかってしまう。

 苦痛に満ちた現実で、わたしが「八つ当たり」を求めたように、アルバートは更なる苦痛を求めた。

 欲を満たしながら……他者を、屈服させることを望んだ。


「自分の痛みだけでは満たされなかった。そこには他者との繋がりがなかったからね……」 


 はぐれ者として孤独に生きるには、世界は大きすぎるから。

 他者と繋がりたかった。不安と恐怖を飼い慣らしたかった。ずっと思い通りにならなかった世界を、どうにか支配したかった。


「良いかい、レディ。僕の在り方は一つの終着点だ。いっそ芸術的ですらある」


 衆目の最中、最大限の苦痛をその身に与えながら、命を燃やし尽くした幕引き。

 ……わたしやゴードンとは違う。エドマンドやレイラとも違う。アルバートは、満足して逝ったのだろう。

 

「今や、僕がよりも多くの犠牲者が騙られ、行動に『正義』の欠片もない生粋の『悪』である僕に、多くの人が魅入られた」


 稀代の殺人鬼アルバート・ジャック。

 惨たらしくて、グロテスクで、悪趣味でありながら、そのまばゆいほどの邪悪さは不思議と人を惹き付けた。


「そうして、僕は今日こんにちまで語られ、『怪異』となった……。娼館の小部屋で、母に殴られて怯えていた僕が! 怪物として世界に名を馳せたんだ!」


 アルバートの語りには明らかな熱がこもり、興奮が隠しきれていない。

 ……そうだね。虐げられる子供は存在を隠されるか無視され、大抵の場合は誰も助けてなんかくれない。ゴードンに出会わなければ……「レディ・ナイトメア」にならなければ、チェルシーは誰にも知られずに、屋敷の片隅で朽ち果てていたはずだ。


「何を、悔いることがあるんだい?」


 わたしは、彼とは違う。自分チェルシーを変えようとした。

「普通の女の子」でありたいと願って、残虐な過去の自分レディ・ナイトメアを否定した。

 

「君だって、胸を張ればいいじゃないか」


 私の耳元で、アルバートは誘惑するように囁く。

 欲望を肯定しろと。自分の歪みすら肯定し、受け入れろと……。

 甘美な囁きが、心を惑わせる。


「僕だけが、君を愛して認めてあげられる」

 

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