35.「【悲報】この男、シンプルに頭が弱い」

 この館に、いつ怪異喰かのじょが訪れるのか。

 それはわからない。

 この空間では、「時間」という概念が希薄だ。日付なんてものは存在しない。


 もうすぐそこまで来ているかもしれないし、まだまだ先になるかもしれない。

 ともかく、期限がわからない以上、わたし達は対策を急ぐしかない。


「……と、いうわけで、早急にこの館を改革しなきゃいけない。ここまでは分かった?」

「……えー……っと……」


 わたしの説明に、ゴードンは微妙そうな顔で首を捻る。

 あー、絶対分かってないねコレ。


「……どこから分からない?」


 わたしの質問に、ゴードンは恐る恐るといった様子で後ろのホワイトボード(※ニコラスがどこからか持ってきた)を指さした。

 うん、まだちょっとビビってるっぽいね。なんか、ごめん。

 ちなみにニコラスは、後方でバイオリンを構えてニヤニヤしている。何がしたいんだろう。BGM流したいのかな。

  

「『ホラーな世界観をコメディにする』って書いてるじゃないスか」

「うん」

「その……シンプルに、言ってる意味がわかんねぇッス」


 …………。

 これは……先が思いやられるなあ……。


「言葉の意味が分からない……ってこと?」

「いや、言葉の意味はわかるッス」

「じゃあ、『ホラー』はどういう意味? 言ってみて」

「なんか……人の恐怖を……こう……煽る感じのヤツ……」


 すごくフワッとしてるけど、言いたいことは分かる。ゴードンはバカだけど、教育を受けていないわけじゃないからね。考えるのが下手なだけで。


「じゃあ、コメディは?」

「えーと……笑える話ッスかね」

「なんだ……ちゃんと分かってるじゃん」

「……。……いや、わかんねぇッス。怖い話を笑い話にしたら、何か変わるんスか」

「えっ」


 その質問は想定外だった。

 ゴードンは真剣な瞳で、わたしをじっと見つめてくる。や、やめてよ!余計に思考がパンクしそうになるから……!


「だ、だいぶ変わると思うけど……」


 髪をいじりつつ、平静を装う。ヘアスタイルも気になるけど、わたしの顔面大丈夫かな? 変な表情になってないかな……? あの謎液体荒ぶってないかな……!?

 ……なんて、慌てるわたしの内心とは裏腹に、ゴードンの返事はどこまでも真っ当だった。

 

「そッスかね……。俺らの過去も、館の存在も、何も変わんねぇ気がするんスよ」


 ……ああ、そうか。

 ゴードンには、分からないんだ。

「事実」が変わらなくても、「解釈」には振れ幅が存在するんだって。


 まだ、彼のどこかでくすぶっている感情があるのかもしれない。

 世界を変えるには、より強く、より優れた暴力ちからがなくてはならない。……そんな、悟りにも似た諦めが……。


「わたし達が『怪異』になったのは、思念の強さが関係してる」


 この館に住まう「怪異」は、大抵の場合重大な「加害者」であり、同時に深刻な「被害者」だ。

 怨念、悔恨、悲嘆……あらゆる負の感情が絡み合って、正しいことわりから外れてしまったはぐれ者の魂……それが、「怪異わたし達」。


 ……でも。


館の住人わたし達が『事実をどう捉えるか』も、重要になってくるはずだよ」


 わたし達が「死者」で「怪異」である事実は変えられなくても、それが「悲劇」なのか、「喜劇」なのかは変えられる。


 わたしの説明に、ゴードンは静かに頷いた。


「……もっかい説明お願いして良いスか」


 ですよねー!!!

 知ってた!!!


 

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