24. 悪夢の断片

 チェルシー・ブロッサムは不義の子だった。

 父は血の繋がらない「娘」に裏切られた怒りをぶつけ、母は毎日のように「お前さえいなければ」と恨み言を浴びせた。

 主人が「娘」を手酷く扱うようになれば、使用人も彼女を蔑むようになる。


 逃げ場は、なかった。


 少女チェルシーは孤独の中、苦痛を耐え忍んだ。

 彼女わたしは解放されてもなお、悪夢から逃れられなかった。


 ……そうだよね。耐えられるわけ、ないよね。




 ***




 ──忘れないで


 地下室の中、傷だらけの少女がすすり泣く。


 ──忘れないでよ


 ……ああ、そうか。うっかり飛び込んだわけじゃない。

 わたしは、に呼ばれたんだ。


「辛かったよね」


 この地下室自体は、ゲームでも登場する。

 その時はステルス用だったり、壁に書かれた文字で驚かせるギミックぐらいでしかなかったけど、本来は、こんなにも悲しい場所だったんだ。

 ニコラスが「企画書」に書かなかったのか、ゲームメーカー側の都合で省かれたのか、受け手の想像に委ねる意図があったのか、詳細は分からない。


「忘れないよ」


 ……だけど、わたしは取りこぼさない。

 ハッピーエンドに向かうって決めたんだ。


「泣かなくていい未来を作ろう」


 少女わたしの幻影を抱き締める。


過去あなたも、現在わたしも、笑顔になれる未来に行こうよ」


 影は何も言わず、腕の中で静かに消えていった。


「お嬢!!!」


 感傷に浸る暇もなく、頭上で声がする。

 ……え、嘘。まさか、そんなことってある?


「大丈夫スか!?」


 オレンジ色の髪の青年が、あわただしく階段を駆け下りてくるのが見える。

 ど……どどどどどうしよう! 心の準備がまだ全然できてない……!


「ど、どうしてここが……」

「俺、従者なんで……お嬢に呼ばれたらすぐ分かるッス」


 あ、そっか。それがゴードンの「怪異」としての能力なんだ。

 いつもそばにいるから、全然疑問に思ってなかった。


 ……っていうか、呼んだんだね、わたし。無意識に助けを求めちゃったのかな……。


「行きましょ。お嬢、ここ嫌いッスよね」


 差し出された手を握る。

 当然、冷たい。……「死体」の温度だ。


 その瞬間。


 ──忘れないで……


 再び、耳の奥で少女の声がした。

 忘れ去られていた記憶が、鮮明に蘇る。


 遠い、遠い昔。まだ幼い頃の記憶。

 わたしは、窓越しに「彼」を見ていた。

「彼」も、わたしをじっと見つめていた。


「お嬢……?」


 今よりもずっと澄んだ、青い瞳で──

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