21.「墓があったら入りたい」

 リナがエドマンドとの問答に飽きて「這う女」に戻った頃。透明になっていたニコラスが、半透明になって姿を現す。

 レイラはというと、リナの後を追いかけてどこかに出かけていった。


「ジブンとしては、この館がどうなろうと別に構わないよ。面白ければそれで良いのさ……ヒヒヒッ」


 ……なんて、わたしの耳元で囁き、ニコラスはピアノの前へと座る。

 どう考えても邪神のたぐいとはいえ、奴はこの世界の神だ。彼がわたしの方針を気に入ってくれれば、これ以上ないほど力強い助っ人を得られることになる。

 問題は、彼が人の不幸大好きおじさんってとこだよね……。ハッピーな方向性でも、最後まで付き合ってくれるかなぁ。


「お嬢。手入れ終わったスよ」


 ……と、ゴードンの声が耳に飛び込んでくる。

 待ってまだ待って心の準備できてないんだってば助けて無理無理無理ほんと無理! 近づいてこないで死んじゃいそうだから!! いやもう死んでるけど!!!


「あら、そうですの。では、次は何をして頂こうかしら……」


 なんか使い走りばっかさせてるみたいで申し訳ないけど、ごめん今は向き合う余裕ない!!

 あれ? わたし、普通に前までと同じ態度になってない? なぜ?


「……へーい」


 あぁあああ嫌そう! 明らかに「めんどくせぇ……」って顔に出てる!!

 今のゴードンはチェルシーのことを「好きだけど鬱陶しく思っている」状態のはず。ここからどうにか好感度を上げないと、「好きだけど正直関わりたくないけど好きな気持ちを捨てられないけどいっそ嫌いになりたい」っていう微妙な気持ちから永遠に抜け出してもらえない……! むしろほんとに好きなままでいてくれてる!? ゲームの中では拗らせてたけどこっちでは普通に嫌いだったりしない!? 大丈夫!?


「ま……待ってくださいまし! やっぱりなしですわ!」

「は、はぁ?」


 ギュッとゴードンの手を握る。

 謎のよく分からない液体が、わたしの目やら口やらからボタボタ溢れて、汗みたいに顎を滴るのが分かる。ほんとにこの液体、何?


「え、ええと……そのう……」

「……マジでどうしたんスか。お嬢」


 だから、顔近づけないで!!! もっと無理になっちゃうから!!!

 それとニコラスは笑うな!!!!!


「……ッ、ど、どこにも行かないでくださいまし……」


 ようやく絞り出せた語彙がそれだった。

 うう、何でそうなるかな。今近くにいられても、絶対上手く話せないのに……。


「うぁ……っ!」


 ゴードンの首が、一瞬だけ胴体から浮いたように見えた。

 えっ、何? どういうリアクション?


「ゴードン……?」


 青い瞳を見上げる。ゴードンはごくりと唾を飲んだかと思うと、何も言わず握られた手をそっと振り解き、全速力で逃げていった。


 ええー、そんなぁー……。

 上手くいかないよぉ……。

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