9.「夢女はつらいよ」

 ひとまず方針は定まったものの、何だかとんでもなく疲れた気がする。

 案外どうにかなりそうで、そこは良かったけどね……。


「お嬢。……ほんとに、大丈夫スか」


 ほっと一息ついていると、ゴードンが尋ねてくる。


「あら。何がですの?」

「いや……なんつーか……元気なさそうに見えて……」


 ゴードンの瞳には遠慮している……というか怖気付いている感じは否めないものの、真剣な光が宿っている。


 ……むむ。心配してくれているわけね。

 ゴードンはチェルシーに従えられているのを内心不本意に思っていて、隙あらばチェルシーから逃げようとしてはいるけれど、なんやかんやでチェルシーへの恋心を手放せない。そういう奴だ。何度もプレイしたから、よく知っている。

 だからこそ、「わたし」が中身になったことがバレたらどうなるか分からない。今までの恨みつらみに加えて、こじれに拗れた愛が爆発する可能性だってある。……何とか誤魔化さないと。


「気にしなくて結構ですわ。それより、『コレクション』の手入れは終わったんですの?」


 冷静に思うけど、首を盗って来させるのも気が狂ってるし、その首を手入れさせるのもだいぶ気が狂ってるよね。


「……ウッス」


 ゴードンは若干目線を逸らし、曖昧あいまいな返事をする。

 あー、これはサボってたな。間違いなくサボってた。


「もう一度聞きますわ。……終わったんですの?」

「ウス! 今すぐ行ってきやす!!」


 ありったけの「レディ・ナイトメア」らしさを全面に押し出して、どうにかゴードンを広間から追い出す。

 ……はぁー……正直、どう接していいか分かんない。浮世離れした美形のエドマンドやアルバートよりはちょっとだけ素朴で親近感があって、それでも顔面偏差値スーパー高いイケメンなのも、解釈一致だしさ……。


 

 ……そう。なるべく考えないようにしていたけれど、私の推しはゴードンなのだ。

 ちょっと変わったホラーゲームと聞いてこのゲームをプレイしてみたところ、ゴードンの登場で私の夢女子ハートは見事に撃ち抜かれた。

 正直小物感は否めないけれど、そういう情けないところも含めて可愛いやつだと思ったし、テンプレチンピラな上にシャレにならない前科を持ってるのはまあ……フィクションだし……そういう属性もアリかなって……いやこの世界ではフィクションじゃないけど……当時は治安が悪くて現代より命が軽い時代だったし……


 ……それはそうとして。


 忘れていたわけじゃない。このゲームはあくまで乙女ゲームホラーゲーム。

 最初から、報われないことなんて分かっていたはずだった。


 だけどさぁ! 攻略してるのに他の女にずっと未練タラタラって何!? 好感度上がった時のセリフでさえ


「なんかお前、昔のお嬢に似てんな」


……だし、個別イベントでは


「お嬢も……もし、普通に育ってたら、こういうのが好きになってたのかな」


……とか他の女の話を始めやがるし、挙句の果てには頑張って好感度上げても主人公を逃がそうとチェルシーに大ダメージを負わせておきながら、未練を振り切れず土壇場どたんばで裏切り、ボロボロのチェルシーに主人公の生首を差し出しながら


「ごめんなお嬢……仲直りしようぜ……」


……とか言い出す始末!! ヤンデレ属性まであるなんて聞いてない!!! 好き!!!! でも矢印の方向さぁー!!!!!

 何!? 何を見せられてるの!? 夢女子舐めとんのか!!!


 ……だけどゴードンが好きな気持ちは本物なので、愛ゆえに何回もプレイしてしまい、愛ゆえに何度も画面の向こうのゴードンにブチ切れる羽目になる。

 そういえば事故の前日も同じようにブチ切れながらプレイをして、「あーーーーーもういっそチェルシーになりたい!!!!」なんて言って床についたんだっけかな……。


 …………あれ?


 もしかして、転生の原因……それなんじゃ……?

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