7.「せめて、通じる言語でOK」

 懸念材料だらけとはいえ、方針は固まった。

 呪いの館を改革し、怪異たちが伸び伸びと生か……死活をエンジョイできるようにすれば、絶望しかない未来は回避できる。

 幸い、わたしこと「レディ・ナイトメア」はこの館の中で影響力の強い怪異。上手く立ち回れば、先導することだって不可能じゃない。

 ……上手く立ち回れば、の話だけど。


 リナを連れて、みなが集まる広間へと帰る。さて、どうしたものかな……。


「お嬢! お待ちしておりやしたァ!」


 ゴードンが、緊張した面持ちで敬礼する。

 絶対待ってなかったけど、むしろ「今のうちに休憩しとこ……」とか思ってただろうけれど、刃物を突き付けて「わたくしが帰った時は、張り切って出迎えてくださいな」と命令したのはわたしだ。……ほんとに何やってんの、チェルシーわたし……。


「──────」

「……ん? 何ですの?」


 ベールをまとった貴婦人が、何やら話しかけてくる。彼女の声は、数字を数える時以外はほとんど聞こえない。耳が良いはずの音楽家ニコラスでさえ、「いや分かんないね」とさじを投げるほどだ。


「失礼」


 ……と、壁際の騎士が動く。

 そう。「死を数える貴婦人」こと、レイラ・ロックの言葉を翻訳できるのは、彼しかいない。おかしいな……レイラも攻略対象のはずなんだけど……。


「いつもと様子が異なるゆえ、心配されておられる」


 騎士は凛とした声で、レイラの意図を伝えてくれる。

 背中まで伸びた黒髪に、凛々しく整った顔立ち。引き締まって均整きんせいの取れた筋肉質な長身。髪色と同じく黒を基調とした西洋甲冑……この世界が乙女ゲーム(風)であることを思い出させてくれる、お手本のようなイケメンだ。名前はエドマンド・モレー。もちろん攻略対象の一人で、人気もある。


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。虫の居所が悪かっただけですの」


 こう言っておけば、誰も突っ込んでこないだろう。この館の奴らはだいたい情緒不安定だから、下手に突っ込んだら流血沙汰どころか欠損沙汰になりかねないし。


「───」

「それなら構わない、と申されておられる」

「そうですわ、お気になさらず」


 それっぽく取り繕って会話をしていると、リナがいつの間にか背後でブリッジを始めていた。案の定誰も突っ込まないけど……持ちネタ、まさか、それしかないの……?


「では、私はこれにて」


 エドマンドはパッと見「怪異」たちの中でもまともな方に見えるけれど、わたしは知っている。正気に見えるのは、レイラの言葉を翻訳する時だけだ。

 試しに、後ろでキラキラ目を輝かせている「這う女」の話題を持ちかけてみる。


「リナが何か言いたげですけれど……気付いたことはなくて?」

「……無論、気付いている」


 途端、瞳のハイライトが消え、眼球が真っ赤に染まる。血の涙をしたたらせながら、エドマンドは大声で言い切った。


「復讐の時来たれり……!!!」


 ああ、うん。そうなると思った。

 こいつと意思の疎通は、基本不可能だ。

 ゲーム上でもそう。頑張れば話が通じるのでは? と思いきや、全然通じない。びっくりするほどコミュニケーションできない。

 そんな彼の二つ名は「暗夜の復讐鬼」。ファンからのあだ名は「頭復讐」。相手が誰であろうと、今がいつであろうと、何があっても復讐。とにかく復讐。……過去に、よっぽどキツイことがあったらしい。


「同胞よ、我が刃はすでに血を欲している」

「……今日は俺が同胞認定かよ……」


 手近な場所にいたゴードンが、独特の絡みに耐え兼ねて眉間を押さえる。

 ……エドマンドの厄介なところは、独自の世界に他人を巻き込んでくるところだ。敵認定ってだけなら一発殺し合ってそれで終わりなんだけど、味方認定されてしまうとそうもいかない。


「貴殿は忘れたか! 我らが怒りを、我らが屈辱を……!」

「うるせぇ! 知らねぇ!! 定位置帰れ!!!」


 こうして見ると、テンプレートチンピラなゴードンがだんだん不憫に思えてくる。

 わたしが言うのもなんだけど、ドンマイ……。

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