第3話 鬼

 家族団らんの中心にいるトモが俺をにらんだ。

 付き合いが長いから何となくその瞳の言いたいことは理解できた。「こうなったらお前も食ってやる」そんな所かな?


 トモの口の中、目玉の奥からムカデがダンゴムシややたら肉付きの良い蜘蛛なんかが零れだす。

 トモが鬼を食うときはいつもこうだ。残さず食らう精神は良いものだけど――。


「気持ち悪いんだよねぇ」


 一瞬トモの顔がショックを受けたように歪んだ気もするが、俺は気にせず周囲に灯油を垂らしてマッチに火をつけた。


 ここは夢の世界。


 夢で家族喧嘩に巻き込まれた俺はどちらかといえば被害者だよね。


 たくさんの虫に囲まれて、家族はどろどろに皮膚が溶け合って一つになった。

 火が広がるにつれて、徐々に無限に続く十字路は陽炎のように消えてしまった。


 ☆


 『鬼』とは、人の心の弱い部分に巣食う魔の通称だ。一般に言われる『魔が差す』などの中にはこの鬼によるものも少なからず存在している。

 鬼が心に巣食う条件として人間の精神の強さはあまり関係がない。


 鬼を退治する方法については、今一つ解明されていない。


 鬼に憑かれると、徐々に自分をすり減らし精神病と似た症状が発症する。完全に人間の個がなくなると、体が変質してしまう。今のところ、世間には公表されてはいないが彼らを収容する施設を国が設立し、変質した者は発見されしだい隔離されている。


 自分をすり減らすスピードはそれぞれ違う。

 大切なのは『自分』を認識させてやること。

 毎日名前を呼んだり、話しを聞いてやることが大事だという。


 それでも数日や数週間で変質する者や、かといって発症してからも社会生活を送る者。変質してしまった者は既に人としての意識はない。


 人より丈夫だからといって隔離しているのも殺せないからではない。後世のための研究材料になってもらう。


 本人に人としての意識はないし、遺族には納得してもらえるだけの金額を払っている。対策もしらない人間が、いつまでも人間大の怪物など飼えるものではない。


 大抵は言い値で納得する。

 納得しようとしている。


 症状の軽い者たちは本人の希望で社会生活を送ることも可能だが自分から隔離されるものも多い。最近では国立の病院の中にサナトリウムと称したフロアが作られることもあるそうだ。



「ほらリク。弟のトモよ」


 母が手を向けたその先には俺と同じ顔をした少年が笑っていた。


「こんにちは、兄さん。兄さんの話はお母さんとお父さんから聞いてました。こうして会える日をとても楽しみにしてたよ!」


 そうか。俺はさっき聞いたばかりだけどな。


 にこやかに笑う少年は俺とは正反対に上品で雰囲気から違う。目の前にあるのがいつも鏡で見る顔だからか、性質の悪い間違い探しみたいだ。


 その日は変な日だった。

 朝は母にどこにも寄らず帰るよう厳命し、家に帰ると仕事でいないはずの父に病院に行くと言われ家族で家からそれなりに遠い国立病院に向かった。


 父の運転がいつになくゆっくりとしている気がする。


「なあリク。お前、弟は欲しいか?」


 ふと父が口を開いた。


「なんだよ。急に」


 さすがに俺は焦った。

 もうコウノトリが赤ん坊を運んでくるなんてことを鵜呑みにしている年齢ではない。


「欲しいも何もないよ……」


 俺の様子を察してか母が、父をたしなめた。

 そして、何となく台詞を間違えたと気づいたらしい父は言葉を選ぼうとしては口を閉ざすのを繰り返した。


 その様子を見てか母は最終的に『鬼』というものについてのみ説明していた。


 なにやら、病状が進行すると人でなくなる、とか。でも社会生活を送れてる人もいるのよ、だとか。


「……あなたにはもう一人兄弟がいるのよ」


 父に先をうながされ、母は少しずつ言葉を紡ぎだす。


「リク、あなたは双子なの。2歳までしか一緒には暮らしていないから覚えていないのかもしれないけれど。覚えているかしら」


「……覚えてない」


「そうよね……。今日はあなたの弟が退院する日なの」


 ドッキリかな……。俺は父と母にバレないように目線だけでカメラを探した。


「鬼の話は何なの?」


「その子の病気よ」


 退院して大丈夫なのか!?

 かくして、拒否権のない俺の目の前でいかにも病弱な少年が微笑んでいる。


 今でも鬼は感染すると考える人も少なくはないので、家にあった彼に関するものは全て処分されてしまったらしい。写真の一枚すら残さずに。

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