第三章 恐怖のツアー

二人は深く険しい岩山の奥へと進んでいった。

針山地獄、血の池地獄、火あぶり地獄。

どこまでいっても地獄、地獄、地獄。


 すれ違う人は皆泣き叫び、苦しみに耐えている。

あまりにもひどい状況に蔵持はだんだんと声を失った。

「ああ、もうたくさんだ。冗談にも程がある。こんなむごたらしいものを散々見せられてこのワシが喜ぶとでも思うのか。ああ、おそろしい。もう帰らせてもらう。」

だんだんと怖くなってきたため蔵持は声を荒げた。

「それはできません。旅行のお約束をお忘れですか、お客様。いかなる理由があろうとも旅行のキャンセルはできないことになっております。」

「うるさい!こんな旅行、ワシの望んだものではないわ!さっさとリムジンまで送りとどけてくれ!今すぐ帰らせてもらう!」

「お客様…それはもうできなんでございますよ。」


 突然、傍にいた鬼たちが蔵持の両脇を抑えつけた。

「なにをするんだ!離してくれ!」

自分の何倍も大きな鬼に捕まれ、まったく身動きが取れない。

恐怖のあまり体全身が震えた。

「では、次の観光先に参りましょう。ここが最後でございます。お客様だけためのスペシャル体験型のスポットですよ。こちらへどうぞ。」


 次の瞬間、店主の姿が見る見るうちに巨大な鬼の姿へと変わった。

店主の本当の姿は、地獄の閻魔大王に仕える鬼だったのである。

「一体どうなっているんだ!ま、まさか、ここは本当に地獄なのか?」

蔵持は大声で叫んだ。

鬼は血走った眼で蔵持をにらみつけている。

そして、迫力のある低い声でこう言った。

「左様でございますとも。地獄というのは、何らかの罪を犯した者しか足を踏み入れることはできないところ。ここに来ることができたということは、蔵持様もそのお一人である証。ここで罪を償っていただきます。」


 蔵持は心あたりがないわけではなかった。

今は豪邸に住み、誰もが羨むような生活をしているが、幼いころは食べるのものにも困るほど貧乏であった。

朝から晩まで働きづめだった両親は早くに亡くなった。

中学を卒業後、親族の紹介で、とある資産家の邸宅で小間使いとして働くことが決まった。

しかし、働けども働けども暮らしが楽になることはなかった。

 

 ある日、老人の家でホームパーティが開かれることになった。

パーティーに招待された人々はみな高級車を乗り回し、全身にブランド品を着けたお金持ちばかりであった。

目の前にいるのは、豪華な食事を囲みながら歌やダンスを楽しむきらびやかな人たち。

それに比べて、いつも薄汚れた身なりで貧しく惨めな自分。

蔵持の心の奥からむなしさと同時に怒りが込み上げてきた。


 その日の夜、蔵持はあろうことか老人を殺害して金品を奪って逃げた。

自分の持っていたカバンの中へ手当たり次第に金品を詰め込んだ。

そのまま電車に飛び乗って、行く当てもなくあちこちを彷徨った。

そして、流れるようにたどり着いた小さな田舎町でひっそりと暮らし始めた。

誰も自分のことを知らないこの町で、老人から盗み取ったネックレスや高級腕時計を売ってお金に換えた。

老人の持っていたものはとても良質で、すべて高額で売れた。

それは小間使いとして働いていたころでは考えられないほどの大金であった。


 それ以来、蔵持はいつも考えていた。

”絶対にあの貧乏で惨めだったころの自分には戻りたくない”と。

それからというもの、蔵持は資産や権力を得るためならどんなことでもやった。

時には嘘をついてごまかしたり、誰かに責任を押し付け、踏み台にしてのし上がったりすることもあった。

周りから恨まれるようなことも平気でやった。

どうやったら自分が一番お金持ちでえらい人間になれるのかそのことだけを考えて生きてきた。


「ワシが悪かった。仕方がなかったのだ。だから、もう一度だけやり直すチャンスをくれ。」

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