第二章 いざ出発!

 旅行の出発当日、蔵持が住む豪邸の門前に一台のリムジンがとまっていた。

旅行支度を済ませた蔵持が玄関を出ようとすると、見送りに来た小間使いたちが一斉に「いってらっしゃいませ、旦那様。」と言って深々と頭を下げた。

一番古株の小間使いに「数日間旅行に行ってくる。もしもワシが帰ってこなければ、行き先はこの旅行店の店主に聞くように」と告げた。


 蔵持がリムジンに向かって歩き出すと、車のドアが開いて店主が降りてきた。

「ようこそ。当店イチオシのミステリーツアーへ。」

蔵持が広々した後部座席に座ると、店主はクーラーボックスから1本のワインを差し出した。

「こちらは高級なヴィンテージワインです。この旅行にご参加いただいたお客様へお配りしております。長旅となりますから、ワインでも飲みながらどうそおくつろぎくださいませ。」

「なかなかおしゃれじゃないか。気に入った。さっそく頂くとしよう。」

店主はワインのコルクを開けて、準備していたグラスにゆっくりと注いだ。

フルーティで上品な香りが車全体に広がった。

上機嫌になった蔵持は高級ワインを片手に、鼻歌を歌いはじめた。

その様子を見ながら店主は運転席に乗り込み、静かに車のエンジンをかけた。


 どれくらい走っただろうか。いつの間にか蔵持は眠ってしまった。

ふと窓の外に目をやると、ごうごうと霧が立ち、よどんだ空気が漂っている。

一面灰色の世界が目に飛び込んできた。

「お目覚めですか。」と店主が言った。

今が昼なのか夜なのかもわからない。

時より厚い霧の合間からごつごつとした山の岩肌が見える。

「もうすぐ着きますから。」

そう言いながら店主は車のハンドルを大きくきり、急なカーブを曲がった。

そのせいで蔵持はバランスを崩し、窓に頭をぶつけた。

ワインをたくさん飲んだせいか頭が痛い。

いや、窓で頭をぶつけたから痛いのかもしれない。


 しばらくすると、大きな川のほとりにとまった。

「さて、無事に到着いたしました。ここからは歩いてのご案内です。」

リムジンを降りて、蔵持は周りを見渡した。

生暖かい風とともに、人のうめき声のようなものがどこからか聞こえてくる。

ふと川岸に目をやると、たくさんの人たちが船に乗って反対側の岸辺へと向かっている。

自分以外の旅行者たちもいるじゃないかと蔵持は大いにがっかりした。

しかし、どうもおかしい。

旅行客を案内しているのは普通の人間ではない。

なぜか鬼の格好をしているのである。

「鬼の格好なんかしてお客さんを驚かせようって魂胆か。くだらない。ところでここはいったいどこなのだ?」

蔵持は尋ねた。

「ふふふ。ここは地獄でございます。ただいまより地獄めぐりツアーの始まりでございます。」

景色全体が薄暗いせいだろうか。

笑っている店主の瞳の奥が青白く不気味に輝いているように見えた。

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