第2話 かえる様
母親の母校は、今あかりの通っている小学校と同じだ。次の日、あかりは学校で母親の話していた隠したものについて調べてみることにした。もしかしたら、昔あった学校行事か何かかもしれない。
休み時間に図書室へと向かった。創立100周年の記念誌に、何かが書かれているかもしれないと思ったのだ。今この小学校は創立128年。記念誌は、ちょうど母親が在籍していた頃に作られたはずだ。
記念誌には、校章のデザインの由来、記念館の増築等の小学校の歴史が記されていたが、何かを隠すといったような内容は書かれていなかった。
「あ…やっぱり『かえる』なんだ。」
あかりは校庭にある鳥居の由来についての記述を見つけた。校庭の隅に小さな鳥居があるのを、あかり達児童は知っている。小柄なあかりの膝くらいの高さの鳥居の奥には、台座のような平らな石があり、その上にこぶし大の大きさの丸い石が置かれていた。形がかえるのようなので「かえる様」と呼ばれていたが、記念誌によるとずっと昔からそこにあり、石は神様の使いのかえるなのだそうだ。
結局、母親の言う隠したもののヒントになることは載っていないようだった。
昼休みにはダメもとで担任の先生や校長先生にも聞いてみたが、児童が学校に何かを置いて行ったり隠したりする話を誰も知らなかった。
放課後、いつも一緒に帰る
校庭の桜の木には、青々とした葉が茂っている。初夏の陽光に照らされて「元気いっぱいです!」とでも言っているかのようだった。眩しすぎて、あかりは目をそらした。
母親は一体何を隠したのだろうか、学校に物を隠せそうなところはどこだろうか、と一人思考を巡らせた。いつもだったら足の向かない鳥居の方へ、あかりは無意識に歩いていた。
学校の七不思議に、かえる様にまつわるものがあった。一人でお供え物をして願い事をするとそれが叶うというものだった。学校生活において一人になることなんてほとんどない上に、そんな簡単に願いが叶うはずはないという気持ちから、あかりが知る限り誰も試してみたことはなかった。
周囲には誰もいない。あかりは試せることは何でもやってみようという気持ちになっていた。近くに生えていた猫じゃらしを数本と、大事にしている母親の手縫いのイニシャルの入ったハンカチを取り出し鳥居の下に置いた。
初詣の時のように二礼してから柏手を2回打った。あかりは目を閉じた。
「かえる様、かえる様。ママがこの学校に隠したものを教えて。ママを元気にしてあげたいの。」
最後に一礼してからそっと目を開けた。鳥居の元においたお供え物はなくなっていた。その上周囲が騒がしい。
ばっと振り向き、校庭の方へ目をやった。
「うそ…。」
あかりは小さく呟いた。先程までは自分しかいなかったはずだ。しかし、今校庭には多くの児童がいた。ドッジボールをしている子、鬼ごっこをしている子、鉄棒を練習している子、いつもの休み時間だ。自分の頭がおかしくなってしまったのだろうか。
「こんなことある?」
「あるよ。」
あかりの独り言に、あらぬ方向から返事が聞こえた。左肩の辺りだ。びっくりして目を向けたあかりは、その正体を見てさらに驚きしりもちをついた。
「か、か、かか…。」
「驚きすぎだよ。君が願ったんじゃないか。」
かえるだった。緑色のかわいらしい小さなアマガエルが左肩にとまっていた。
「か、かえる様?」
「そうだよ。」
聞こえる声と連動して、肩にとまっているかえるの喉が動いた。どうしよう、私はママのことを考えすぎて精神的な病に侵されてしまったのかもしれない、とあかりはうつむいた。
「願いを叶えたいなら、早く動いた方がいいよ。神様がくれたのはほんの何時間かだけだから。」
かえる様は急かしてくるが、あかりには話が見えなかった。
「君のお母さんが何をどこに隠したか知りたいんでしょ?早くお母さんを見つけて探りなよ。」
「え…どういうこと?」
思わず聞き返してしまった。すると、かえる様はとんでもないことを言った。
「あ、神様説明してないのか…。君は今、28年前に時間遡行したんだ。知りたいことを見つけるために。」
あかりは頭がくらくらしてきた。そんなあかりにお構いなしに、かえる様は説明を続けた。
「最終下校のチャイムがなるまで、この世界に君はいられる。僕は君を監視するためにずっと一緒にいるけど、他の人に僕の姿は見えない。それに、僕は君の姿も人から見えないようにしてあげることができるよ。」
全てを自分の作り出した幻だと思うには、あまりにも校庭の砂の質感や周囲の声がリアルだった。今作られているであろう給食のにおいも風に乗って漂ってくる。あかりはかえる様の話を、嘘やまやかしだと思えなくなっていた。
どうせこんな不思議なことを起こすのならば、すぐに知りたいことを教えてくれればいいのに、とあかりは歯がゆく思った。そんなあかりの思いを感じ取ったのか、かえる様はこう言った。
「神様だって、何でもかんでもほいほい叶えてくれるわけじゃないんだよ。自分の目と頭と足を使わないとね。」
あかりはため息をついて、覚悟を決めた。
「わかった。自分で探らなくちゃいけないんだね。」
「そう。与えられた好機を逃さず、行動行動!」
かえる様って少し先生みたいだな…と思いつつ児童が全力で遊ぶ校庭の中央へあかりは足を進めた。
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