正しい世界にヒビを入れる僕は

架曜日

プロローグ

この世には4種類の人間がいる。

正義。正義と闘うもの。悪に立ち向かうもの。そして、悪である。


18世紀、ある国を収めていた王様が、その国で独自の法を定めた。

この世界には必ず正義と悪が存在すると。

そして、その正義に物申す者は、決して悪とは限らず、その悪の前に立ちはだかる者は、決して正義とは限らない。

そこでこの王様は、各種族で祖を決め、各種族で生活をするようにと命じた。


イザヤが収めた正義の街、コリント。

エルアザルが収めた正義と闘うものの都、ラザロ。

デュナンが収めた悪に立ち向かうものの地、ツェデク。

バアルが収めた悪の丘、ナボテ。


彼らはその日から一度も交わることはなくなった。

それを見た王様は一人の使用人にこの手紙を世界に回してくれと言い、そのまま自らとある丘に身を投げ出したという。

その王様の死から数日後、瞬く間にこの制度は全世界に継承された。

そして全ての国民が4つの種類に分類され、時は1世紀、2世紀、と進んでいった。


そして今、この世界、俺たちが生きているこの世界でも、その制度は生きていた。


一人一人の種族は、遺伝や環境因子などにより決まるとされている。

つまり、親がどちらも正義なら、その子どもの99.9%は正義であるということだ。

そして各種族がこなす職務は決まっていることが多い。

例えば、正義ならば政治家、正義と闘うものなら画家や彫刻家などの芸術家、悪に立ち向かう者ならば警察官など。

これは義務教育で当然に習うこと。

かつての歴史と現代社会の相違といえば、正義と正義と闘うもの、悪に立ち向かうものは同等のものとして協力しあっていることであろうか。

この3つの種族は1920年に平和条約を結んだ。

そして彼らは協力し、補い合いながら生きていくと神に誓った。


ただ一つ、悪を除いては、だが。


平和条約に悪は含まれなかった。

その理由は2つ。

1つ目は悪の職務として、テロリストなどの犯罪者が多いから。

そのせいで、悪に立ち向かうものとの対立を逃れられなくなり、どちらかを外さざるを得なかった。

2つ目はあまりにも常識や良心が欠けており、知能が高かったからだ。

悪は人を殺すことにも、建物を爆発させることにも、飛行機を堕とすことにも、何にも抵抗がなかった。

加えて賢すぎるが故、残虐な事件を想像し、恐れた他の種族が、彼らの加入を反対した。

悪は自らをその条約に入れろとは言わず、ただそれをじっと見つめ、聞いていた。


そして俺は悪だ。


父親も母親も、その祖父も祖母も。

ほかの種族には各自なまえという物があるらしいが、俺らにはない。

そんな悪の家系に生まれた俺は、他の種とは隔離された所で今日も学校に行き、家路につく。

犯罪組織みたいな種だからって、別に学校内の雰囲気が薄暗かったり、嫌な家庭環境だったりとか、そういうんじゃない。

普通に教師の話を聞いて、テストを受け、誰とも話さず飯食って、帰る。

家でも家族との会話は無いような、ごく普通な家系である。

成績は他の奴らと比べたら少し低いが、同じ悪の人間がつけるような成績だ。

適当につけてるに決まっていた。

進路なんてものも少なく、教員になるか、犯罪の道に進むか、なにもせず自堕落な生活を送り続けるかである。

教員に関しては全世界で各種族からいくらか出さなくてはならないらしく、この国では各種族10000人程が教員にならざるを得ないという。

悪の中では教員になりたいというものは少なく、年に一度、政府から手紙が届き、誰が教員になるか決まるという。

ただ、教員なんて政府から配られた悪専用の教科書を読み、それを目の前にいる悪たちに理解させるだけ。

知能の高い悪にとっては簡単なことだった。

それによって、なにもしないくらいなら教員にでもなってやろうと考えるものも多少はいた。

ただ、俺は教員になろうだなんて思わなかった。

なんてたって、俺の母親は人殺しだ。

まだ捕まっては無いものの、ニュースでは母の顔を何度か見た。


だから俺は人を殺す。

絶対に殺せる。

俺は人殺しだ。


そうだ。

そうに決まっていた。

だが、俺は目の前にいる少女1人すら殺せないでいた。

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