第26話:浄化の拳

 ヴァイオレットから漏れ出た黒い靄から、男が出てきた!?

 しかもアディのことを知ってるっぽい。


「くくく。その短剣はお前のために魔人将アークデーモンと契約して用意したものだ。さぁ、そろそろ始まるぞ」


 アディの掌に刺さった短剣が抜け、男の下へと戻っていく。

 魔法的な何か?


「てめぇ……カオスッ! ぐっ」

「アディ!? ど、どうしたのっ」


 突然アディが膝を折ってその場に崩れる。


「強力な石化の呪いだ。名ばかりの聖女様にゃあ、浄化出来ねえだろうよ。なんたってアークデーモン産だからな」

「アディ!? 大丈夫アディ。ねぇ?」

「ちっ。クソが……下がれセシリア。あいつは俺が――」

「無駄だぜアディル。俺の叔父貴が誰だか忘れちゃいねえよな。お前を拾って殺しの術を教えたのは叔父貴なんだぜ。お前の弱点だって、ちゃーんと分かってんだよ」


 アディを拾って殺しの?

 じゃ、アディはあのあと、アサシンに拾われたってこと?

 そんで、あいつもアサシン。


「そのお嬢ちゃんがてめぇの弱点だってなぁぁ」

「セシリア、下が――ぐぅっ」

「下がらない。下がるもんか! よくもアディを……アディを傷つけたなこのクソ野郎! ぶん殴るっ」


 アサシンまでほんの数歩。

 床を思いっきり蹴って、拳に体重を乗せる。


「バカな小娘だ。アサシンの俺がお前程度の拳で倒れると思って――」

「うらあぁっ!」


 私が狙ったのはアサシンじゃない。短剣の方。


「浄化あぁぁぁーっ!!」


 短剣に拳を叩きこむと、ほんのり緑掛かった光が放たれる。

 刃に拳が当たる前に、何か壁のようなものを感じた。

 でもそれも一瞬だけ。

 パキんっと音がして、ぶわぁーっと黒い靄が溢れ出す。その靄はすぐに緑色の光に包まれ、消えた。


「そっ、そんな!? アークデーモンと契約した――ぐぅっ。アディ、ル」

「お前は分かっちゃいねえんだよ。こいつは、名ばかりなんじゃねえ。正真正銘の聖女なんだよ」

「アディ! 大丈夫なの? ねぇ?」


 アディが立ち上がって、私とアサシンの間に割り込む。


「はっ。短剣が浄化されても、呪いが解けたわけじゃねえぜ。お前の体はもう、石化して――して……ない?」

「残念だったな。どうやら俺には、聖女の加護ってのがあるみてぇだ」

「んぐっ……は、離せ」


 アディがアサシンの首を掴んで持ち上げる。


「離せだと。おいおい、そんなド定番なセリフしか言えねぇのか」

「く、そ……」

「アディル君、そのまま捕まえておいてくれ」

「今のうちに取り押さえろっ」


 バタバタと神官戦士たちが集まって来る。

 その時、黒い靄からヴァイオレットの悲鳴が聞こえた。


「いやあぁぁぁぁーっ」

「なんだ!? ――クソッ」


 靄が伸びて来てアディの腕を掴もうとした。

 咄嗟にアディはアサシンを掴んだ手を離す。するとアサシンは伸びてきた靄の中に潜るようにして……


「き、消えた? どこいったのあいつ!?」

「ちっ。奴は悪魔との契約で、妙な技を使いやがる」

「だけどそう遠くには行けないはずだよ。神殿内にはあちこち結界があるからね。それに引っかかるはずだ」

「すぐに捜索隊の準備をっ」


 周囲が慌ただしくなる中、アディがどこかへ行こうとしていた。


「アディ」

「かたを付けてくる。お前はお前の方を付けろ」

「私の?」


 アディが顎で示したのは、さっきまで黒い靄のあった場所。そこにはヴァイオレットがいた。


「分かった。気を付けてね、アディ――アディ?」


 もういなくなってる……。

 戻ってきてくれるかな、アディ。


「はぁ……ヴァイオレット、だいじょう……ぶじゃないみたい?」

「ひ、ひひ。ひあぁ。ひーっひっひ」

「ヴァイオレット? ねぇヴァイオレット?」


 なんか目がイッてる。それに涎たらして笑ってるし。

 なんだかヴァイオレット、ここにはいないような感じがする。


「悪魔と契約するということは、こうなる覚悟があったのかねぇ」

「ウィリアンさん。こうなるって?」

「悪魔と契約するには、代償が必要なのだよ。命だったり魂だったりね。そりゃあ自身のものではなく、他者のものでも構わないのだろうけど」

「じゃあ、魂を代償に?」


 ウィリアンさんが頷く。

 でも納得できない。ヴァイオレットが自分の魂を差し出して、悪魔から力を借りるような奴には思えないし。

 なら、


「あの男に騙された、とかかな」

「あり得るかもしれないね。相手はなんたって、デーモン使いだから」

「ウィリアンさん、知ってるの? あの男のこと」

「噂程度にね。暗殺ギルドに、悪魔と契約している男がいるって。まぁ聖職者としては、見過ごすことのできない人物だからねぇ」


 そっか。

 聖職者にとって悪魔はもっとも忌むべき存在だもんね。

 

 悪魔、か。

 グレーターデーモンを一撃で倒しちゃうようなアディだもん。大丈夫だよね?

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