第25話:偽りの姉妹

 大聖堂の裏口から中へ入ると、アデリシアたちが全員揃っていた。


「遅いですわよセシリアさん」

「ごめんごめん。支度を手伝ってくれる人が、何度も人に呼ばれては誰もいなかったなんてのがあったらしくて遅れたんだよ」

「呼ばれたのに誰もいないって……え、なにそれ怖いわ」

「うん、聞いた私も怖かった」


 神殿内で怪奇現象なんて、ほんと怖いからやめて欲しい。


 予定よりもナチュラルすぎるメイクっていうので支度を済ませ、なんとかギリギリ間に合わせた。

 ここからは名前を呼ばれた順に、礼拝堂の中へ入っていく。

 アデリシアが呼ばれ、他の人が呼ばれ……おいおい、私最後かよ!

 よ、呼ばれるまでの時間が余計に緊張したじゃんっ。


 礼拝堂の前に並んだ私たちを、たくさんの人が拍手と歓声で迎えてくれた。

 は、ははは。聖女ってこんなに歓迎されるものなんだ。


 なんか、成り行きでここに連れてこられたようなもんだけど。

 こうして期待してくれる人を前にすると、ようしやってやろうじゃないのって気になるな。

 鉱山の町でもいろんな人に応援してもらったし、いつかお礼に行きたいな。

 旅の途中で寄り道出来ないかなぁ。


 あぁ、旅か……。

 まずはこの後の聖騎士選びで、どう伝えるべきか。

 ストレートに「知らない人と一緒に行きたくないから」でいいかなぁ。


 そんなことを考えていたら、いつの間にかお披露目の式典が終わってしまった。

 私たちは礼拝堂から大聖堂の方へと移動。

 そこでついに……ぐおおおぉぉぉぉっ。


「大神官様ぁ、セシリアがさっきからひとりで七面相していまぁす」

「あぁ、そうだねぇ。そういう年頃なんだろう。放っておいてあげなさい」

「大神官様、それだと私たちも一緒だってことになるますわ。同世代なんですから」

「ははは、そうだったね」


 くっ。私をネタにして緊張ほぐすの止めてくれる?

 こっちは真剣なんだからねっ。


 大聖堂には鎧を着こんだ、見るからに騎士! って人が十人以上。

 あれ? 聖女より多くない?

 アデリシアと目が合うと、ふぅっとため息を吐かれて、それから教えてくれた。


「そりゃ多いに決まっていますわ。だって何人聖女になれるか、分からないのですもの」

「そ、そっか……」

「それにね。今回、期間中に浄化の魔法を習得できなかった候補の方でも、聖騎士候補の方から逆指名されることがございますのよ」

「は? えぇっと、どういうこと?」

「つまり――婚約の打診ですわ」

 

 こ、婚約!?


「そりゃそうでしょう。聖女候補に選ばれるだけでも、大変名誉なことですのよ」

「もし選ばれなかったとしても、平民出身の私たちでさえ名誉貴族の称号が与えられるのよ」

「でもネイラは選ばれたじゃん」

「う、うん。だ、だから無事に戻ってきたら、我が家は子爵の爵位と田舎の小さな領地が与えられるの。それでお父さん、必死になって勉強してるみたい」


 ネイラの家は町のパン屋さん。

 パン屋さんが小さな田舎の領主になるんだから、確かに聖女になるって凄いことなのかも。


 聖騎士候補はみんな貴族だったり騎士階級の人たち。

 聖女にはならなかったとはいえ、候補に残るような子と結婚出来ることは名誉だと思うらしい。


「おい、ここはお見合い会場かよ」

「ぷっ。まぁある意味そうですわね」

「はぁ、ドキドキするぅ。どんな方たちなんだろう」

「ドキドキしないし、ゾワゾワする」


 なんでみんなは、会ったことのない男の人にトキメクことが出来るんだろう。


「はいはい。あなたは聖騎士を選ばないのだから、気にしなくてもよろしいでしょう?」

「え? セシリアは聖騎士様を選ばないの?」

「選ばないよ。知らない男となんか、旅したくないし」

「「えぇーっ!?」」

「ほらあなたたち。早くこちらへいらっしゃい」


 大神官のばさまに言われて、私たちは大聖堂の真ん中へと通され――


「ちょ、ちょっと。信者の方の立ち入りは、禁止で――ぐあっ」

「え、なに?」


 後ろから上がった声に、みんなが振り向く。

 神官がひとり倒れていて、その傍らにはフードを被った人物が立っていた。


「ほんっと、憎たらしいったらないですわね。せっかく人を雇ったってのに、どいつもこいつも失敗するんですもの」

「その声……ヴァイオレット!?」


 え、なんであいつがここに?

 まさか私のことを根に持って? 逆恨みもいいとこでしょうよ。


「なんですか、あなたはっ。神官戦士長、取り押さえなさい!」

「承知」


 神官戦士長さんがヴァイオレットの方へと詰め寄る。

 だけどヴァイオレットはまったく気にした様子がない。

 それどころか、不敵な笑みを浮かべて右手を掲げた。


「邪魔ですわっ」

「なに!? ぐああぁぁっ」

「神官戦士長!?


 突然、ヴァイオレットの右手から大きな火球が生まれた。

 それがまっすぐ神官戦士長さんに飛んで行って……命中した。


 その時、アデリシアの言葉を思い出した。

 魔術師に憧れていたという彼女が、神殿で魔力検査をしたと言っていたときのことを。


 赤色の光は、焔の適正色――。


 私と一緒に魔力検査をしたとき、ヴァイオレットが触れた水晶の色は……赤。


「ぐ、く……」

「ほほほ。さすがは神官戦士長と呼ばれるだけのことはあるようですわね。だったらこれでどうかしら!」

「止めろっ」

「神官戦士長さまを守れっ」

「おほほほほほほほほほ。無駄ですわ!」


 ヴァイオレットが右手を掲げる。

 私は咄嗟に走り出していて、ヴァイオレットにグーパンするために拳を振り上げ――


「なーんてね。狙いはあなたですのよセシリア!」

「え――」


 ヴァイオレットが向きを変え、私の方を見る。その時には巨大な火球が彼女の頭上に出来上がっていた。

 な、んて大きい。この前のグレーターデーモンの火球よりデカいじゃん。

 その火球が放たれた。


 でも、不思議と……


「セシリア!」

「ふぇ? ア、アディ!?」


 突然降って湧いて来たアディが、私を庇うようにして抱きしめる。

 周囲からは悲鳴が上がるのが聞こえた。


「お前は俺の後ろに隠れてろっ」

「アディ……ありがとう。でも、大丈夫だよ」

「な、に?」


 大丈夫。だってそう言ってるもん。


 ――心配ないですよ。


 って声が聞こえる。

 お母さんの声じゃないのに、お母さんみたいな声。


「ど、どうなっているんだ?」

「ほ、炎が、聖女様の周りを……」

「避けている、のか? 炎が聖女様を」


 みんなビックリしてる。


「なんだ、これは?」


 アディも周りを見て驚いていた。私もビックリだよ。

 飛んできた火球は私とアディの周りをぐるぐる回っている。まるで炎の球体の中にいるみたい。

 手を伸ばして触れてみると、炎はすぅっと私の手の中に吸い込まれてしまった。


「お、おいっ」

「うん、熱くない。んー……なんかこの炎、汚れてる感じがする」

「け、けが? は?」

「悪魔みたいな気配がするんだよ」

「その通りだよセシリア。その火球は悪魔との契約で得た力なのだろう」


 ウィリアンさんの声が聞こえた。

 ヴァイオレット、私に一泡吹かせるために悪魔と契約しちゃったのか……。

 なら――


「浄化、しないとね」


 ずんずんずんっと、ヴァイオレットに向かって歩き出す。

 彼女は小さな悲鳴を上げて後ずさったけど、すぐに唇を噛んで右手を掲げた。


「おいセシリアッ」

「だーいじょうぶだって、アディ。平気平気」

「わ、わたくしを侮辱して!」

「うっさい!」


 火球を放とうとしたヴァイオレットの頬を、グーで殴った。


「へぶっ」

「ヴァイオレット! 神官戦士長さんに謝って。今、すぐ!」

「あ、あの、いや……自分の怪我は、今ので完全回復しまして……」


 ヴァイオレットをグーパンしたから、治癒魔法も発動したみたい。

 神官戦士長さん、無事みたいだ。よかった。


「それとここは、何日も前から神官たちが綺麗に掃除してたんだよ! それをこんなに汚して!! あんた、責任取って全部綺麗に掃除しなさい!!!」

「「掃除!?」」

「ひぐ……ひ……」


 たった一発グーパンしただけなのに、ヴァイオレットは腰が抜けたようにその場へ座り込んで泣き出した。

 泣くぐらいならやらなきゃいいのに。

 でも。


「泣いたって許してやんないよ。迷惑かけてんだから、掃除はちゃんとしてね」

「ひぐっ。うぐっ。ごべ、ごべんなじゃい。ごべんなじゃい」


 うっ。ヴァイオレットって、こんな子だっけ?

 絶対に自分の非を認めない子だったはずだけど……何か企んでる?

 警戒して後ずさると、ヴァイオレットの体から黒い靄が溢れ出た。

 その靄から光るものが飛び出してくる。

 

 次の瞬間、私の目の前に誰かの手が差し出され、その手に刃が突き刺さる。

 その手から血が滴り落ちて……


「アディ!?」

「はーっはっはっはっは。そうだよなぁ。その小娘を狙えば、お前が身を挺して庇うよなぁ」


 靄の中から突然、男が現れた。


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