第23話:アディ視点

 本当に浄化の魔法を習得しちまいやがった。

 これであいつは正式に聖女になったってわけだ。


「やぁ、こんばんは」


 中庭の大木に身を隠しているってのに、その根元にあのじーさんがやって来た。


「……なんでじーさんには俺の位置が分かるんだよ」

「はっはっは。これでも一応、大神官なんてやっているからねぇ」

「なんだそりゃ……ちっ」

「今夜は冷えるから、これを持っていなさい」


 そう言ってじーさんは毛布を掲げた。

 絵に描いたような聖職者だぜ、このじーさんは。


 木から飛び降りると、じーさんは嬉しそうに毛布を差し出す。


「ところでいつまでこうしているつもりなんだい?」

「はぁ? こうしてるってのは、どういう意味だ」

「だから、隠れたりしないで堂々とあの子の傍にいてやればいいだろうってこと」

「堂々と、だと。……出来るわけねぇだろ。あいつは聖女なんだぞ」


 俺は暗殺者アサシンだ。これまで両手で数えられないほどの人を殺めてきた。


「この手は血で汚れている。そんな俺が、女神の聖女の傍になんか、いられるわけ……」

「それを気にしていたんだね、君は」


 気にしねえ訳にはいかねえだろ。

 こんな俺が聖女の傍にいりゃあ、神の怒りを買いかねない。

 あいつが聖女になったんなら、奴らももう手出ししてこねえだろう。

 俺の役目もここまでだ。


「アディル君、君は知っているかい?」

「あぁ? 何をだ」

「聖女はね、浄化の旅では聖騎士と一緒なんだよ」

「……らしいな。それがどうした」

「どうしたって、君。あの子が知らない男と一緒に旅に出ることに、何とも思わないのかい?」


 ……思わなくねえさ。

 だからって、俺にどうこう出来ることじゃねえ。

 聖騎士候補になるような野郎なら、下衆な真似はしねえだろ。

 その中からあいつが選ぶんだ、悪いようにはならねえさ……きっと。


「はぁ、こりゃ二人して重傷だねぇ」

「はぁ?」

「君はもう、とっくに聖女の護り手なんだよ」

「……はぁ!?」


 お、俺が護り手だと!?


「ど、どういうことだじーさんっ」

「どうもこうも知らないよ。君が神殿に侵入した時には、もう護り手だったのだから」

「侵入した時から!? な、なんでそんなことになってんだ」

「どこかで誓ったんじゃないのかい? 生涯を賭けて守るーとか、ずっと傍にいるぞーとか」

「ん、んなもん誓う訳――」


 ……あ。


「ま、まてまて。そんなガキの頃の約束なんて無効だろっ」

「じゃあ再会してからはどうなんだい?」

「さ、再会した後は――あ……ああぁぁっ」

「誓ったんだね」


 誓ってる……たとえ邪神が来ても守ると誓ってる。

 たんなる言葉のあやだろう!


「そ、そんな程度で護り手になるもんなのか!? だったら誰だっていいんじゃねえかっ。そもそもあいつは妹分なんだ。兄貴が護ってやりたいと思うのは、当然だろうっ」

「今からでも拒否することは出来るんだよ。君がそう願えばね。願うかい? 他の男にあの子を託すかい? ん?」


 な、なんなんだこのじじぃは。何誘導してやがるんだっ。


 俺が聖女の護り手なんて、いい訳ないだろう。

 他の聖騎士が――

 他の、野郎が……


「あの子は君が思っている以上に、魅力のある女の子だよ」

「はぁ? な、何を突然っ」

「結構人気があるんだよ。好意を寄せている神官や神官戦士も多いからねぇ。聖騎士候補もあの子に選ばれるなら、喜ぶだろうねぇ」


 ちっ。何がいいたいんだこのじーさんは。

 あいつがモテるだと?

 そんなこと……分かってんだよクソ。

 

 あいつはガキの頃からそうだった。

 ガキのくせにやたら綺麗な顔していやがったし、変態野どもにいつも狙われていたんだからな。

 

「ま、聖女就任式まであと二週間あるから、ゆっくり考えなさい。辞退するなら、それまでに女神へ報告しておくれ」

「ほ、報告って」

「なに、ここは女神ラフティーナの神殿だよ。ただ願えばいいんだ。自分はセシリアの護り手が嫌です、ってね」

「くっ……」


 別に嫌とは言ってねぇ。ただ相応しくないだけで……。


「自分が護り手に相応しいかどうかじゃなく、自分がどうしたいのかを考えなさい」

「俺が、どうしたいか……」

「あの子を自分の手で護りたいのか、それとも他人に委ねるのか」


 そんなのは……

 クソッ。

 決まってんだろ。


「そうそう。君の身に掛けられている呪いね。神殿内にいる限り、それ以上酷くはならないよ」

「……なるほどな。どうりで痛みが軽いわけだ」


 このじーさん。殺意の契約んことまで知ってやがんのか。


「他にもね、女神の聖女と共にいれば呪いも解けるだろう」

「はぁ?」

「うぅ、寒い。年寄りは温かい部屋に引き籠るかねぇ」

「お、おいじーさんっ」


 ちっ。また問答無用で行っちまいやがった。

 契約の呪いを解く手段が、暗殺ギルドの奴ら以外にもあったのか……。


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