祓魔師のルーティン

ドラコニア

逆さ家族

「私が来ればもう安心ですよ」

 祓魔師である田中さんは自信ありげに私を見ながらそう呟いた。

「田中さん、どうか妻と娘をお願いします」

「ええ任せてください。さあ、行きましょう」

 田中さんはそう言うと私が運転する車の助手席から降りた。


 ことの発端は一週間前に遡る。

 私は深夜の大きな物音で目を覚ました。

 ドタドタドタッというものすごい物音だった。

 今のは二階にある娘の絵美の部屋からではないのか。そう思った私は急いで階段を駆け上がり絵美の部屋へと向かった。寝ぼけ眼の妻を一階に残して。

 私の目に飛び込んできたのは、暗闇の中で逆立ちをしている絵美の姿だった。

「絵美! こんな夜中に何をしているんだ!」

 私はその異常な光景を見て思わずそう怒鳴りつけた。

 さっきの物音はこんな夜中にあろうことか逆立ちの練習をしたあげく、失敗でもして家具を倒したからだ。高校生にもなってなんて落ち着きがなく非常識な娘なんだ。そう思った。

 しかし部屋の明かりをつけてから私はその考えを改めた。

 逆立ちをの練習をしていただけにしては部屋の様子がおかしかったのだ。

 本棚は倒れ伏し、床は一面本で埋め尽くされていた。

 勉強机と椅子は丁度上下逆になる形で散乱していた。

 ベッドも上下逆さになっていた。シーツや毛布を下に敷く形で。

 私がそんな異様な光景を目にして言葉を失っている間も尚、絵美は逆立ちをしたままだった。

 何かがおかしい。

 この気味の悪さを早くだれかと共有したい。

 そんな思いから私は気づけば階段を駆け下りており、妻が寝ているであろう一階の和室に向かっていた。

 しかし私はここでも奇妙な光景を目にすることになる。

 ふすまを開けて見ると、妻が浮いていた。いや、浮いていたという表現は少し正しくない。妻は天井に足をつけこちらを見ていた。仄暗い和室の奥からじっと。

 布団や花瓶、私の枕元に置いてあったエアコンのリモコンなんかも全部、天井に張り付いてた。この部屋だけ地球の重力が逆さまになってしまったみたいに。

 私は恐怖のあまりそこで気を失ってしまった。


 目を覚ますといつの間にか朝を迎えているらしかった。

 妻はやはり天井を歩いていた。

 絵美はまだ逆立ちをしていた。

 非科学的な類の話を信じない私でも、さすがにこれは何か霊的なものの仕業であると信じざるを得なかった。

 私は早速霊媒師だとかその筋の人たちにお願いしようと色々調べた。

 そこで出会ったのが、祓魔師として圧倒的な実績を誇っているという噂の田中さんだった。

 私はメールにて事情を説明し今すぐにでも来てくれと頼みこんだが、田中さんは売れっ子祓魔師らしく依頼がいっぱいですぐに行くのは無理だとの返事が来た。しかし事態は深刻なようなのでできるだけすぐに向かうとの書き添えがあり、私はそれだけでも元気づけられた。


 そして今日、ようやく田中さんが事態を解決すべく我が家にはせ参じてくれたというわけだ。

 車から降りた田中さんは私の家を見るなり静かに言った。

「これは……凄まじい」

 真冬なのに汗を噴き出している田中さんを見て、私は居ても立ってもいられない気持ちになった。

「妻は、娘は……助かるんですよね!?」

 そんな私の必死の問いかけを無視して、田中さんは十字架のかかったネックレスを取り出すと、紐の部分を人差し指にかけて回しだした。

「な、何をしているんです!?」

 こんな時に! そんな言葉を私は必死に飲み込んだ。

「いえね、ルーティンなんですよ私の。祓魔が上手くいきますようにって願掛けの意味も込めてね」

 そう言いながら、田中さんはネックレスを回している指の動きを止めた。


 十字架のネックレスは、まるで重力を無視するみたいにして逆さに吊り上がった。

 そして次の瞬間、十字架の部分だけが不自然に切り離されるようにして地面に落ちていった。

 地面に落ちた衝撃で十字架の横棒と縦棒の溶接がはずれたのだろう。十字架を象っていた二本の大小の棒は、地面を跳ねて転がっていった。そして転がって止まった先で、7の数字を形作っていた。

 

「逆さ十字にラッキー7ならぬアンラッキー7ですか」

 とほほと言いたげな様子で田中さんは力なく呟いた。


 

 

 

 

 

 

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祓魔師のルーティン ドラコニア @tomorrow1230

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