燃え落ちる薔薇

三夏ふみ

燃え落ちる薔薇

月明かりが、窓辺に薔薇を映し出す。


硬く閉ざした蕾み、薄暗い部屋のベッドに横たわる白髪の女性、傍らでひとり掛けのソファーに座る白髪の男性に手を握られて、見つめ合っている。

両手で握られた手には年輪を重ねたしわが、2人の年月の深さを祝福する讃歌のようだ。

幼子が交わす淡い秘密のように、若き日々が約束させた蜜月のように、ふたりは言葉を交わし続ける。



色づく蕾。



ただ貴方が欲しかった。

出逢って落ちたあの瞬間ときから、私は貴方だけが欲しかった。狂おしいほど求め、傷つけ合うほど重ねたけれど、それに意味などなかった。ただ、貴方になりたかった。ひとつになりたかった。私の世界は貴方だけ、他は必要なかった。でも、そんなの無理。そんなの分かってた。私が貴方になることなど、貴方が私になることなど無いのだから。


なら、私は何を求めたの?

私は、貴方の何が欲しかったの?

私は、何を手に入れたかったの?

分からない、分からないから惹かれ合い、

分からないから求め合う。そして傷つけあう。永遠に続く煉獄が私を苦しめる。

苦しく切なく、この怒りにも似た感覚を私は吐き出す。構わない、構わないの。貴方は手に入らない、全て捧げても無駄なの。


静かに見つめる瞳はまるで水面。

その青く光る黒い瞳に写るのは、それは誰?



静かに咲き開く、花弁。



それは私。

水面に写る私。

貴方の中に宿った私。


ねえ知ってる?

貴方が私を変えたのよ。私は貴方で変わったの。

春の花咲く木漏れ日の優しさも、夏の砂浜を照り尽くす情熱も、秋の降り注ぐ落葉の儚い沈黙も、冬の凍てつく雪風の寂しさも。知らない事だらけだった私を、優しく引き上げてくれた。笑いあい、泣きあい、全てをありのままに、私の中に包み込んでくれた。何もないと思い込んでいた私に、気づかせてくれた。私の中に全てある。そう信じさせてくれた。


きっと貴方は笑うでしょうね。馬鹿だねって、笑ってくれる。静かな水面に私を写したままで。いつもそう、貴方には敵わない。それすらも意味がない、貴方は貴方。私じゃない。

でも、でもね。それでいいの、それがいいの。だってね。


でも、少し悔しいから、いつまでも、いつまでも、私が貴方に残るように、私は、貴方の中に私を宿したままで。



焼け落ちる薔薇。




傾く月明かりが照らす頬に、その温もりに、触れたくて寄せた耳元に囁やく声。


「あなた、だけでした」


傾いた月明かりはもう居ない。

微笑む口元、そっと触れて瞳を閉じる。愛しき眠り姫は、永遠とわに。

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燃え落ちる薔薇 三夏ふみ @BUNZI

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