第16話 屋上の恋を乗り越えて
牧玄弥は語り終えると、大きく息を吸って、僕たちの方を見た。
「結局、マシロからは何の返答もなかった。きっと、俺の気持ちを知らずに、マシロは死んじまったんだ。あんな回りくどいことせずに、素直に告白しときゃよかった。結局、何にも伝えられず、その上自殺されたんだから、バカみたいだよな。マシロが自殺したって聞いたとき、思ったんだ。俺、マシロのこと全然知らなかったんだなって。未だに、アイツが何に悩んでて、どんなこと思って生きて、そして死んだのか、全然分からないんだ。好きなら、もっと知ってやるべきだった」
外はすっかり暗くなっていた。ほとんどの生徒が帰ったのだろう、校舎は驚くほどしんとしていた。
僕は静かに言った。
「牧先輩は、メッセージを南京錠の表に書いたんですよね?」
牧玄弥は俯きながら暗い声で言った。
「ああ。当然表にしないと目につかないからな。何でか知らないが、裏になってたみたいだけど。しかも小説のタイトルを書いて。きっと、あの小説を読んだ誰かのイタズラだろう。もしかしたら、そのせいでマシロは俺のメッセージに気づかなかったのかもな」
僕は牧玄弥の目を見てはっきりと言った。
「岡田に聞いたところ、岡田たちは帰りに、落書きを『表』にして錠をかけたそうです。でも、僕たちが来たときには『裏』になっていた。つまり、岡田たちが屋上に行った後、誰かが屋上に来て、あの南京錠を開けたんです。そして、その『裏』に書いてあったのは……」
「『屋上の恋を乗り越えて』」
ヒマリがそう言うと、牧玄弥はハッと顔を上げた。彼の目から大粒の涙が溢れた。そう、屋上の恋は、マシロ先輩の恋であり、牧玄弥の恋なのだ。二人とも屋上で好きな人に愛を伝え、そして振られた。
「『屋上の恋を乗り越えて、貴方にはこれからも頑張ってほしい。天国で見守ってるから』これが、姉が残したメッセージだったんです」
闇夜の中、一匹のカラスが、鳴いた。
翌日、僕が第2多目的室を訪れると、既に二人がいた。
「コーセー、おっせー」
アカネが地球儀を膝の上に乗せて回しながら言った。
「ダジャレですか?」とヒマリ。
アカネが地球儀の底でヒマリの頭を軽く叩いた。ヒマリが頭を抱える。アカネとヒマリは日に日に仲良くなってる気がする。今ではほとんど同級生だ。いや、アカネのほうが子供っぽいし、先輩後輩が逆転してるんじゃ……
「思ったより元気そうだね」と僕が言うと、ヒマリは大きく頷いた。
「未だに自殺の直接的な原因は分かりませんが、あのいじめも、きっと自殺の原因の一部ではあると思うんです。それに、姉がどんな人が好きだったのか、どんな人が姉を好きだったのか、姉のことを多く知ることが出来ました。それが何より嬉しいんです」
ヒマリはにっこりと笑った。明るい笑顔だ。
アカネは地球儀を机の上に乗せると、ヒマリの方に顔を向けて言った。
「じゃあ、これからはどうするの? 目的は果たしたから文芸部やめる?」
ヒマリは迷わず首を横に振った。
「やめませんよ。それに、姉のこと、もっと調べようと思います。姉が何を思って生き、そして死んだのか。姉のことが好きだから、知りたいんです。それで、その……もし、もし、よければなんですけど、これからも、手伝ってはくれませんか?」
ヒマリは心配そうな顔を僕たちに向けた。アカネはヒマリの頭を撫でて言った。
「仕方ないわね」
ヒマリはアカネに抱きついた。ヒマリとアカネは地面に倒れ込む。アカネは「離せ離せ」とわめき、ヒマリは「離しません」と叫んだ。僕は、そんな二人を見て、腹を抱えて笑った。
屋上のカラスが茜空に向かって朗らかに鳴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます