第11話 ヒマリの考察

 ヒマリは真面目な口調で話し始めた。私とコーセーは思わず姿勢を正す。

「あの小説と落書き、これらが意味するものは何か、私なりに考えてみました。

 まず、3月11日に姉が山口裕也に告白します。これをきっかけにいじめが始まります。いじめは学期が終わるまで続きます。

 そして、春休みを迎えるわけですが、文量を考えると、この期間に『屋上の恋を乗り越えて』が書かれたものと思われます。月刊文集4月号の締め切りは、文集刊行の一週間前、4月14日ですから。よって、姉がいじめられていた期間、3月11日〜3月25日の2週間の間に姉は牧先輩のことが好きになったのだと推測されます。

 そして、始業式が4月8日で、月刊文集の発刊日が4月21日ですから、この間に姉は落書きを書いたものと思われます。姉は春休みには一度も登校していなかったので、春休み明けにしか落書きを書きに行く機会はなかったはずです。

 以上が私の考えです。お二人はどう思われますか?」

 生真面目な人間だとは思っていたが、予想以上に冷静かつ論理的に物事を考えていることに驚かされた。どちらかというと勢いに任せて動く衝動的な子だと思っていたが……今日はヒマリの意外な面がたくさん見られる。そんなことを思っていると、コーセーが手を上げた。

「山口裕也に振られてから2週間の間に別の人、しかもほとんど関わりがなかった人を好きになるのものかな?しかも、その期間、マシロ先輩はいじめられていたんでしょ?」

「私もそれは思いました。一つ考えられるのは、牧先輩は、いじめられている姉の相談相手になっていたのではないでしょうか?これなら、この期間に姉が牧玄弥を好きになってもおかしくありません」

 私は納得して頷いたが、コーセーは少し納得がいかない様子だ。何か引っかかるところがあるのだろう。

「マシロ先輩と牧先輩が話しているところを見た人はいなかったんじゃなかった? 当時、マシロ先輩は例の事件ですごく目立っていたはずだから、牧先輩が頻繁にマシロ先輩と話していたら、誰か気づくはずさ。それに本人も全然話したことないっていたんだろう?」

 なるほど、確かにそうかもしれない。それに、ずっと関わりがなかった幼馴染が、突然いじめの相談に乗るとは少し考えにくい。

「それと、なぜマシロ先輩がなぜあの小説を書いたのか、ということも考えなければならないと思うよ。やり方があまりにも回りくどいし、なぜヒマリにメッセージを託したのかも気になる」

 ヒマリは頷きながらコーセーの言葉を聞いた。ヒマリはこの点についても事前に考えていたのだろう。

「きっと、ほとんど話したことのない牧先輩に直接的に告白するのは勇気のいることだったんでしょう。だから、あんな回りくどいことをしたんですよ。私を遣わせたのは、別に返事が聞きたかったわけではなかったからじゃないですか?」

 確かに筋がちゃんと通っている。私も同感だ。そう思っているとコーセーがまた手を上げた。この問題について、かなり熱心に考えているようだ。

「しかし、月刊文集に作品を載せたからといって、牧先輩があの小説を読む保証はないよ。あの文集は全校生徒に配られるけど、目を通すのは僕たち文芸部とよほどの物好きだけだ。実際、牧先輩はヒマリから聞くまであの小説の存在を知らなかったんでしょ?」

 ヒマリは唸った。確かにその通りだ。私も文集はしっかりと読まない。目次で知り合いの名前が載っていないか確認するだけだ。マシロ先輩はなぜあんな分かりにくい手法を使ったのだろう?

「なにより、好きな人がいたのに自殺した理由が分からない。アカネが言うところの『恋心は墓場まで』だったとしても、メッセージを残していることと矛盾する」

「むしろ、アンビバレントな心の表れと捉えるべきじゃない? 伝えたい、でも伝えたくない、いや、やっぱり伝えたい、みたいな」

 二人は「うーん」と唸る。私も言いながら、どうもすっきりしないと感じていた。マシロ先輩はどんなことを思い、どんなメッセージを伝えたかったのだろう?

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