ウィステリアの花園
るなち
第一節
「やっほ、元気にしてた?」と彼女がドアを開けながらやってくる。僕は「元気だよ、一日でそうそう変わるわけがないじゃないか」と笑いながら彼女を部屋の中に招き入れる。
彼女が来るのはいつも唐突で、それでいて丁寧に予告がされるものだから、既に紅茶は適温になっていた。彼女は椅子に座り出された紅茶を飲むと「茶葉変えたの?」と尋ねる。僕は「ちょっとね」と返しながら自分の紅茶が入ったマグカップを持って彼女の対面に座る。
そこから他愛も無い雑談を交わしながら僕の淹れた雑味のある紅茶、彼女の作った少し歪なクッキーでスナックタイムを過ごす。いつしか時間は夕方のニュースが流れる時間になっていた。彼女は「そろそろ帰るね」と言うと席を立つので僕は見送ろうと共に席を立つ。そして彼女のためにドアを開けようとした時だった。
一瞬、本当に一瞬の出来事だった。彼女と僕の距離はゼロになり、ほんのりと唇が温かくなり、そして冷めていく中でその意味をようやく理解した。僕がその行為の意味を問いただそうとした時には彼女は既にドアの外で、僕は結局立ち尽くしたまま彼女を見送ることしか出来なかった。
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