悪魔と人間
泡沫の蒼銀。
第1話
私は悪魔。名は無い。
星の数ほどいる悪魔の全てに名前があるわけじゃない。
殆どの生物や存在はそう。
この世の全てに名前がつけられているわけじゃないでしょう?
でも人間は例外。
便利だからといい、全てに名を付ける。
なんで?普段必要のないものの名前まで。
悪魔召喚の儀式は外界では禁忌とされる。
なのに老いた人間の女が私を呼び出したの。
何でもさ。
「私の愛した彼、爺さんを生き返らせておくれ。
魂の扱いに慣れた悪魔様にしか出来ぬでしょう?
私の命を献上しますからどうか⋯どうか⋯!」
とかカスッカスな声でほざいて来たの。
なんで自分を犠牲にしてまで爺さん助けたいと思うの?
もしこの契約受けるとしてさ。
自分の魂を献上するっていったら一度も会えないよ?
そこまでしてその人を生き返らせるの?
そっか言うよね。人間では、
この偽善を”愛”とか言ってそれを口実に背負って生きてくの。
私には何がしたいのかわかんない。
種族をつなげていくのは無理やりすればいいのに
外科医のルールで、”愛し合う中”じゃなければ
繋いでっちゃ駄目だよって
それで子孫残せないまま死んでいくんだね。
甘事を全てルールとして強制させれば
”自分だけじゃない”とか感じられるからでしょ。
我儘だね人間共。
生きるために必要不可欠な物をさ。
偽善のために得体の知れないものに
捧げるとか必死すぎるでしょ?
老婆はなんでそこまでするの?
愛という偽善に囚われ、自らの命を捨てるような真似をした。
どうして?お前や私に何の特があるというのだ。
どうしてお前らが我々より短命なのか。
その原因は生きていることにずっと拘るからだ。
その癖して生きるために必要な金を娯楽に使う。
命をかけてまで他者を庇う。
承認欲求に溢れ、時間を無駄に浪費し、
すぐに壊れる。お前らが愚かで仕方がないからだ。
「ねえ。婆さん。どうしてあなたは爺さんを救いたいと思ったのですか?
生きてることが必ずしも爺さんの幸せとは限らないのに。
愛する人が命を引き替えにした事の罪悪感を
背負い生きていく爺さんの気持ちは
どうするのですか。」
そう聞いたが
「私は爺さんを心から愛している。生きていることが辛かろうが
それでもいつの日か生きていて良かったと思える日が来るから。
爺さんはそれを普通の人より、私より感じた時間が少なかった。
私は十分生きたしもう未練など無い。
これでは爺さんが可愛そうで不憫であろう。
だから私の魂を引き換えに、爺さんを生き返らせてくれないか?」
どうしてそこまでするの?
愛しているただそれだけなのに。
なぜそこまで出来るの?どうして、どうして?
「わかったよ。その契約条件、飲もうじゃないか。
お前のおかげで面白く、興味深いことを見つけることができた。
その礼としてお前の魂をかけずに爺さんを生き返らせてやろう。」
「ありが⋯ありがと⋯うござ⋯います」
なぜ必要な水分を悲しみに消費する?
なぜお前の目から水があふれる?
皺くちゃな顔を喜びと感激で濡らす?
なぜ泣きながら笑いかけるのだ?
お前の魂を奪おうとしていた者に向けて。
人間というものは皆愚かで、妙に肝が座っていて、
愚直で、偽善に溢れたものなのに、
なぜここまで私の心を動かす?
私はわからない。それは種族が違うという点もあるのだろう。
本当にそれだけで片付けていいのか?
今の私にできることは
────二人の老夫婦の後ろ姿を眺めることだけだった。
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