或る酒場での賭け事〜大陸から来た少年〜

青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-

アンラッキーナンバー7

 数字の7が喜ばれるのは大陸だけなのだと、ユーリは知っていた。


 知識として。


 実際に中央島アルカ・ディアにやって来てじかに島の文化に触れると、尊ばれるのはやはり5の方であったので、知識の正しさをひどく実感したものだった。


 これには理由があって、かつて金の時代——神々が天の世界に君臨した時代に天帝を中心に四大元素をつかさどる四神が東西南北の四方を治めていたことに由来する。


 天帝と四神で合わせて5。


 そして天帝の住まう宮殿と四神の宮殿とを地上に映し取った島々として栄えているのが、中央島アルカ・ディアを中心にした五つの島々である。


 だからこの辺では5の方を幸運を呼ぶ数とする。


「そうなのか。知らなかった」


 ユーリの同居人カミタカは「へぇ」と驚きの声をこぼした。相変わらずいつものように頭にタオルを巻いて、頭の後ろで縛っている。


 週に何度か通う仕事場の大人達に影響されたのだろう。ユーリにはそれが昔に青海に勇名を轟かせた海賊の姿に見えた。活発で割と向こう見ずなところがあるカミタカには、職人というよりは海賊の方が似合っている気がするのだ。


「俺のいたとこは7だったな」


「僕のいた大陸も7なんだよ。幸運の数だよね」


「ここは5なんだよな」


「でも7を基本とする習慣もちゃんと伝わっているんだよ。曜日とか」


「そういやそうだな」


 カミタカは自分がいた世界の曜日を思い出す。7つの曜日と12の月は彼がやって来た元の世界と同じだった。


 カミタカは黄金色こがねいろ蜂蜜酒ミードのグラスを傾ける。甘味のある軽めの酒だ。この世界と元の世界の違う点の一つは、子どもでもお酒を飲めることだ。


 ただ強い酒は飲めない。


 周りの大人が飲ませてくれないのだ。飲ませてくれる時は周りから大人と認められた時だろうか。そもそも十五歳の彼らが夜の酒場に潜り込むのは大人ぶりたいからである。


 特に男の子同士でわざわざ飲みに出て来ると、たとえそれが背伸びしているだけとしても、大人の世界に踏み入った気分になる。


「よう、お前らも賽子タラスをやるか?」


『大人』からの賭け事のお誘いだ。さっきから店の隅で賽子サイコロを振っていた男だった。物珍しげに少年二人を見ている。


 ユーリはそっとカミタカの顔を見る。


 目が合った。


 その目は悪戯いたずらっぽく「やろうぜ」と言っている。だからユーリも頷いた。


 男のテーブルに誘われて席に着く。意外にも男は一人で、いかつい大人達に囲まれるような事はなく、ユーリは内心ほっと胸を撫で下ろした。


 緑色の布張りの卓上には男が飲んでいたグラスが一つ置いてあるばかりだ。それでも緑の卓は遊戯ゲームの卓と決まっている。カードも賽子ダイスも遊べる卓だ。


 男の向かいの席に着くと、カミタカは前もって切り出した。


「俺たち、賭けるようなもの持ってないぜ」


 ユーリも隣でぶんぶんと頷く。


 男は手を横に振って笑った。子どもから何か巻き上げるつもりはないと言う。改めて男の風態を見れば、さほど悪くない仕立ての服だ。少し目元を酔ったように赤らめているが、酩酊というほどではない。


「じゃあ、なんで俺たちを誘ったのさ?」


 カミタカが問えば、男は頬杖をついてニヤリとした。


「強いて言えば——運試し」


「運試し?」


「子どもってのは俺たちよりも運を持ってるもんだ。それに勝てるんなら、俺は運が良いってことだろ」


 本番の賭けは明日なのさ、と男は言った。


「なあ、付き合ってくれるだろ?」


「……つまんねぇな」


「おい、カミタカ……!」


 カミタカは身を乗り出すと男に顔を近づけた。ユーリは慌てて彼を後ろから引っ張って止めようとした。ちょっとした大人の真似事をするだけのつもりなのに、何を言い出す気なのか。


 カミタカは机の上にジャラッと銀貨を出した。


「やろうよ。三回勝負」


「カミタカ!」


 男はちょっと驚いたようだったが、すぐにふてぶてしい顔に変わる。揶揄からかうだけのつもりから、むしり取ってやろうという気になったらしい。


「いや、すみません。今のは冗談で……」


 ユーリが取りなそうとしたが、すでに遅かった。銀貨の音に店中の者がこちらに目を向けている。あっという間に人だかりが出来てしまった。





「ルールは単純。賽子サイコロを2個同時に振って出る目を当てる。振るのは一人一回。振るたびに銀貨を出せ。当たったらその時点で卓に出ている銀貨をとれる。いいな?」


賽子サイコロは普通の賽子サイコロだよな?」


「魔法もイカサマも無しだ」


 そう言って男が卓の上に出したのは、菫青石アイオライトに白い点で賽の目を刻んだ賽子だった。透明な青色が時折店のランプの光を反射した。珍しい材質だが、普通の賽子サイコロだ。


 男の先手でゲームが始まる。カミタカが先に数字をコールする。


「7」


「7ぁ? 俺は5だ」


 そう言って男が賽子サイコロを振る。


 出たのは——2と3。つまり5だ。


「しょっぱなから悪いな。俺の勝ちだ」


幸運数ラッキーナンバーの5か」


 カミタカの表情は変わらない。ユーリだけがオロオロしている。


「次は俺が振る」


 男はどうぞと賽子サイコロを差し出した。そして今度は男の方が先にコールする。


「もう一度5だ」


「じゃあ俺も7」


 カミタカが賽子サイコロを投げる。


 出たのは——3と5、つまり8。


 銀貨はそのまま。そこにカミタカは残っていた銀貨を全て上乗レイズせした。


「おいおい、いいのかよ?」


「いい。おっさんも同じ額出してよ」


 男は一瞬怯んだが、すぐに上着の内ポケットから銀貨を出した。周りが一斉にどよめく。


「カミタカぁ〜」


 ユーリの情けない声を無視して、カミタカは青い賽子サイコロを渡してくる。


「最後の3回目はお前だ」


「ええっ! やだよぉ」


 拒否をするユーリに余裕顔の男が言う。


「最後は決めてくれよ。俺は5だ」


「俺は7」


 かたくなに7に賭けるカミタカに、周りの大人達は失笑する。


「おいおい、お前さっき自分で言ってたろ? この島の幸運ラッキー・ナンバーは5だって。7なんて縁起でもない数を選ぶなよ」


「7は不運アンラッキー・ナンバー?」


「そりゃそうさ。金の時代が終わったのは何故なぜだか知ってるか? 天帝、地、水、火、風、木、金の7つがあらそったからよ。この島では7は不幸な数なのさ」


 大人達も笑う。子ども達が世界の歴史を知らないと笑うのだ。しかしカミタカは表情を変えずに言う。


「7」


 男はお手上げのポーズを取る。そしてユーリに賽子サイコロを振るように促した。


 ユーリも意を決して賽子サイコロを投げる。


 ——神様、どうかお願いします。カミタカを勝たせて!


 青菫色に白の目を描いた賽子サイコロが転がる。煌めきながら緑の卓の上を転がったそれは——。


 銀貨の山にあたって、硬質な音を立てて跳ね返り、1の目を出す。


 もう一つは——。


 くるくると回りながら卓の中心に青い光を放って——4、いや——6だ。


 1と6、つまり7。


 耳を塞ぐほどの喧騒が酒場の中に渦巻く。


「勝った——! 勝ったよ、カミタカ!!」


「うるせぇな」


 ようやく口元を緩めたカミタカは、呆然ぼうぜんとする男に向かってニヤリと笑った。


「コイツは大陸出身なんだ。あっちでの幸運ラッキー・ナンバーは7だ」


 そう言って卓の上の銀貨を総浚そうざらいしてポケットに入れる。半分はユーリの上着のポケットに突っ込んできた。


「僕はいいよ」


「お前のおかげだから遠慮するなって」


 大人達の熱気に火が付く前に退散しようと二人は店を出る。後ろから「もう一勝負しようぜ!」と威勢のいい声がするが、あの男に勝負する気が残っているのか怪しいところだった。


 まだ騒がしくて明るい飲食店街の夜道を連れ立って歩きながら、ユーリはカミタカに尋ねた。


「なんだって7が出ると思ったんだい?」


 カミタカはユーリにぐっと身を寄せた。


「俺のいた世界にも賽子サイコロを2個使うゲームがあるんだ。そのゲームでは2個振って7が出ると、海賊を使って敵の財産をぶん取ることができる」


「海賊?」


 ユーリの脳裏にカミタカに重ねた海賊のイメージが甦る。


「なんでそんな設定なのか調べたんだ。なんのことはない、確率だった」


 1から6の目を持つ賽子を2個投げた時の7が出る確率——。


が一番高かったってだけ?」


 ユーリが聞き返すと、カミタカは珍しく演技でなくニヤリと笑った。それはユーリの言葉を肯定してたが、カミタカは違う言葉を吐いた。


「勝ったのは、お前が7を信じたからさ」






 或る酒場での賭け事〜大陸から来た少年〜完

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