自販機

@suoak1905

第1話


 真夏の深夜、虫の声すら寝静まる時間に僕はむくりと起き出す。


「ああ、また起きてしまった」と呟き外に出る準備を始める。決まったことではないのだが僕は毎回この時間になると外にある自販機で飲み物を買いに行く、買うのは毎回ホットココア。




 夏だというのに、ホットココアは冬には何故かラインナップから外されてしまう。なんだか特別なホットココアで僕は毎回この時間に起きると買いに来てしまう。


 今日はやけにジメジメと蒸し暑い、こんな日には冷たい炭酸飲料を一気飲みしたいが僕は160円を入れ、ホットココアを押していた。




「あー君なんだここでホットココア買うの」


「え?」誰もいないと思っていた空間で声をかけられると驚く前に恐怖心が出てくるモノだと、僕はこの時思った。ホットココアをそのままにして駆け出してしまっていた。悪いことをしてないのに何故逃げているんだろうなど、思う頃には、家の前へと着いてしまった。


「勿体無い……」思わず口から出てしまった言葉のせいで僕はもう一度深夜の自販機へとやってきた。額を滴る汗はもうホットココアなど飲みたくないと懇願しているようであった。




 声の主はやっぱり居た。それどころかホットココアを飲んでいた。


「それ僕のなんです」


「いやー悪いね、思わず逃げるもんだからさ、勿体無いなーって……じゃあ何飲む?年上として奢ってあげるよ」


 その姿は20くらいに見えた、後ろを結びメガネをかけたその姿は想定するに深夜の近所のコンビニに行くような、そんなラフは格好。だがその女性の姿はとても美しく僕は思えた。


「いや……ありがとうございます。ご馳走になります」


「学生は素直に受け取っておくのがいい。お姉さん拒否されてたらぶっ飛ばしてるとこだった」


 わざとらしくシャドーボクシングをして見せてきた。


「はは、冗談でもやめておいた方がいいですよ」


「冗談が通じないなーまぁ飲みなよ」とお姉さんは200円を渡してきた。




 200円となれば栄養ドリンクすら買えてしまう値段。


 少ないお小遣いをホットココアに費やす日々の中、今なら大容量のコーラだって飲めるんじゃないか、新発売のエナジードリンクも飲めてしまう、そんなこと深夜にしたら眠れなくなりオールしてしまうのではないか、なんでもやれる気になってきた。




 だが僕が選んだのはホットココアだった。


 大容量のコーラだって家の備蓄品飲めばいいし、エナジードリンクは眠れなくなると困る。


「やっぱりホットココアなんだ」


「はい、なんか、これしか今の時期飲めない気がして」


「そうだよねー私だけかと思った。そのココア買うの」


「え?」思わず動きが止まってしまう、まさか僕みたいに買ってる人がいるなんて、驚きを隠せない。


「やだなーそんなに驚かないでよ。そのココア夏のシーズンだけしか置いてなくて12本しかないの、何処にでもある普通のホットココアだけど12本と思うとなんだかレア感増さない?」


「どうやってそれを知ったんですか」


 それを聞いたお姉さんはニカっと笑った。


「大人買いって奴!」


「だからあの日は無かったんだ」


「あれ?もしかして、君の方が古くから知ってたり?」


「はい、12本とかは知りませんでしたが」


「あちゃーこれじゃぁ、ニワカは相手にならんね」


「いやホットココアでニワカとかないですよ」


 それもそうかとお姉さんは笑って見せた。


「また会う時があったら一緒に飲もうよホットココア」


「次はいつ起きるか分かりませんよ、来る時間もこの時間じゃないかもしれませんし」


「いいって事よ、居なくてもホットココアの本数で君が来たか分かるから」


「は、はぁ……暇なんですか?」


「口が達者だねー縫い合わすよ?」


 わざとらしく口を縫い合わすような仕草を見せてきた。


「冗談でも言わない方がいいですよ」


「冗談が通じないなー」と飲み終えたホットココアをゴミ捨て場へと入れると、僕らはそれぞれの家へと帰っていった。


 それからホットココアを飲みにくることがあったがお姉さんはいなかった。だが買った時に出てきた売り切れのランプはお姉さんの笑顔が浮かんで見えた気がした。

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