『不幸な七番目』

山吹弓美

『不幸な七番目』

 その家には、妙な言い伝えが存在した。


 子を多く成せ。七番目の子を、贄とせよ。その子の命ある限り、家は栄えよう。


 その家は多産の家系であり、七番目に生まれた子を生贄と言う名の不満のはけ口とすることで数多い家族を十二分に養えるだけの財を成している。更に、家の血を継ぐ者は七番目を除いて全て見目麗しい姿を持っていたと伝わる。

 よって、この言い伝えは家にとって必要不可欠と信じられ代々受け継がれてきた。贄を差し出せば裕福な家と、美しい姿かたちを得ることができるのだから。

 家の者共はその贄を『不幸な七番目アンラッキーセブン』と呼び、存在を忘れることだけはしなかった。命ある限り家が栄えるのだから、死んでもらっては困るからだ。

 そうして、今代。


「女の子の、双子でございます」


 七番目は、二人生まれた。上に六人の兄姉がいるため、厳密に言えば先に生まれた子が七番目となる。が。


「こちらを、『不幸な七番目』となさい」


 後に生まれた子の顔には、大きな痣が存在した。家の者は皆、美しい姿を持つのだから、この子はそうではないのだと母たる夫人は断言した。

 出産の場には産婆と、夫人に忠実な侍女しかいない。故に彼女たちは、家の当主にすら知られぬよう痣のある子とない子の順番を入れ替えた。

 八番目に生まれたはずの娘は『不幸な七番目』として、代々の贄が育てられる小さな離れに閉じ込められた。専属の乳母と、ほんの少しの侍女のみがそこに仕える。


「あなたが、次の七番目?」


 専属の乳母は娘の前の『不幸な七番目』、すなわち現当主の妹であった。欲求不満のはけ口として、娘の父や兄が散々に使った結果その子を宿し、生んでいたために乳が出ていたからだ。足を不自由にされ、逃げ出すこともできぬ立場である。


「違うわね。まあ、なんと愚か」


 七番目ではない、と見抜いた乳母はだが、その娘を大切に育てた。自身が生んだ息子とともに大事に大事に、彼女たちの立場を不憫に思う侍女とともに育てた。

 成長するにつれ、娘の痣は薄くなっていったが乳母たちは化粧を施し、痣が残っているように見せかけた。自分たちを貶めた家への、せめてもの意趣返しとして。




 実際には七番目に生まれた娘の方は、実の家族によって蝶よ花よと育てられた。家はますます栄え、こちらの娘は幼い頃から婚約の申し入れが引きも切らぬほどである。

 そんなある日、娘は知らぬ顔の侍女を見かけた。興味を持った彼女は供を撒き、その侍女を追いかけ、そうして存在を知らなかった離れまでやってきた。そして、自身と同じ顔の娘を見ることになる。


「あれは、だれ?」


 顔に痣のある娘と、その隣りにいる見目麗しい少年。その存在を知って痣のない娘は、少年に一目惚れをした。

 家に帰った娘は父にその存在を話し、少年を欲しいと訴えた。


「あのきれいなこが、ほしいの。かおのへんなこは、いらない」


「それを言っては駄目だよ。顔の変な子がいるおかげで、うちはとてもお金持ちなんだからね」


 娘の、実の姉妹に対する言葉ではない。ただ、『不幸な七番目』はともかくともにいる少年……即ち、自分もしくは息子の血を引く子が美麗な外見をしているのは当然かと考え、それを娘の側付きにすることとして、痣のある娘から引き離した。


「これからあなたは、わたしだけのものよ。いいわね」


「良くない」


 しかし、少年は知っている。

 目の前にいる痣のない娘は、本来そこにいてはならぬ者だと。

 この家は、未だ命のある自身の母が『不幸な七番目』の役目を担っているために、栄えているのだと。


「ぼくは、離れで一緒にいた子が好きだ」


「まあ、なまいきな!」


 少年の言い分に憤慨した娘は、手を振り上げた。周囲も見ずに。

 故に、すぐ側にあったテーブルに置いてあるポットに、手をぶつけた。


「きゃあ!」


 腕を引っ込めてしゃがんだところに、ぐらぐらとバランスを崩したポットが落下する。少年はそれを、じっと見ていた。

 ガシャン、という音とぎゃあああ、というおぞましい悲鳴を聞きながら。




「貴様! 可愛い娘に何をした!」


 娘の顔には、火傷の痣ができた。それを聞いた当主は怒り狂い、少年を拘束することを使用人に命じ自分は離れに怒鳴り込んだ。そうして、目を見開く。


「『おかあさま』は、おやすみになりました」


 ベッドに横たわる乳母、即ち当主の妹は既に息がなかった。それを看取ったのは、化粧を落とし痣の消えた『不幸な七番目』。否、当主はそうだと思いこんでいた、八番目。


「お前は」


「わたしは、ここで育った八番目でございます。詳しくは、わたしを生んだお方がよおくご存知だそうです」


「な、んだと」


「わたしたちのそばにいてくれた侍女より、伝言です。『ご当主様は、長きにわたり伝えられてきた言い伝えに背かれました。よって、この家は本日をもって栄光を失います。ごちそうさまでした』と」


 侍女。そうだ、この離れには専属の侍女がいた。

 代替わりする『不幸な七番目』に仕え続けた、侍女が。

 そのものは、一体どこに行ったのか。


「わたしは侍女の心遣いにより、家を出ることを許されました。彼と一緒に、お暇いたします」


「あなたたちは、かつて先祖が結んだ愚かな契約の結末を身をもって知ってください。では」


 いつの間にかこの場にいた少年とともに頭を下げた娘は、次の瞬間その姿を消し去っていた。




 当主は慌てて、痣のできた娘を離れに放り込んだ。新しい専属の侍女をつけたが、事業の失敗や子供たちの失態などであっという間に財産は消えていく。

 『不幸な七番目』の存在はどこからか知れ渡り、かれらは家族の中から代々生贄を出すことを良しとする冷酷な一族として冷たくあしらわれるようになった。

 ほんの数年ほどで家は没落し、家族は散り散りになった、という。中には見目の良さから年老いた金持ちの家に買われたり、身を売る仕事についた者もいるらしい。


 消えた娘たちについては、結局どこに行ったのかはわからなかった。

 ただ、遠く離れた国で優しい母らしき女性と連れ立って旅をする少年と少女がいた、という噂が流れるのみである。

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『不幸な七番目』 山吹弓美 @mayferia

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