掌編1000文字ノック

湫川 仰角

「重力操作」と「テラフォーミング」

 一匹の白猫が、青空の向こうへ飛んで行った。

 正確に言えば、一匹の白猫の形をした白雲が飛んで行った。

 さらに正確に言えば、一匹の白猫の形をした白雲の形をした半透明の生き物が飛んで行った。

 フワフワと所在なく空中を漂っているようでいて、けれどもしっかりとした猫らしい実体感がある。まるで重力を制御する猫が、本当に空を飛んでいるようだった。


 彼らは地球の生き物ではない。

 あるとき突然、地球にやって来てこう言った。

「地球万物の霊長よ。私達にどうか、種として生き残る術を教えてほしい」

 出会った当初、彼らは煙のような不定形をしており、発声すると––発声器官が存在するのかは定かではないが–– 彼らを構成する微粒子全体をスピーカーのように振るわせていた。


 これに対し、地球万物の霊長たる人類は答えた。

「生命としての体系が異なりすぎるから、自分たちで見て学んでくれ」


 各国政府それぞれから限定的な空域での滞在を認められると、彼らは次第に地球に住む生き物の姿を模倣し始めた。鳥や魚、植物など多様な形が空に浮かぶようになったが、とりわけ彼らは人が飼う犬猫をモチーフにすることが多かった。

 理由を聞くと、万物の霊長たる人類の最も多くが心穏やかになる対象であるから、だと言った。


 彼らは地球で特に何かをすることもなく、見慣れた姿を繕いながらただ空を漂い続けた。メディアも人畜無害だと判断したのか報道は縮小していき、次第に人々の興味も薄らいでいった。一方で、異星人が人類におもねるフリをして侵略を目論んでいるのだと警鐘を鳴らす専門家もいるが、概して冷ややかな目で見られている。


 彼らは今も空を漂っている。

 人類が彼らに対して、積極的に生き残る術を教えたという記録はない。彼らを排斥しようとする世論も生まれてはいない。むしろ、愛玩動物がゆったりと揺蕩う姿に気持ちが安らぐようになったと、好意的に捉えている意見も多い。


 彼らはひたすらに敵意がない意志を、言葉のみならず、馴染み深い見姿をもって示し続けている。

「生き残る術を」

 彼らはそう繰り返し、空から人類を見続けるばかりである。


 【愛玩戦略】

〈了〉


 出典: シナリオのためのSF辞典/森瀬繚/SB Creative

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