「World Is Myself」

@falcon_vyond

第1章 アイランド

***第1幕***

吹き抜ける風が心地よい。

坂道を自転車で一気に駆け下りている。

スピードの出しすぎかもしれないが気にしない。

坂道の終わり直前でブレーキをかけて急カーブ、車道に飛びだしつつ走り続ける。

目的地である賑わいのある港町には海沿いの道を走ると到着する。

街には学校があり、わたしはそこに通う女学生だ。

10分ほど走って着いたその町では、道行く人が声をかけてくれた。


「よお、さーちゃん今日も元気そうだな」

「さーちゃん、あとで一緒に走りいこう」

「さっちゃん、日曜日の準備出来た?」


手を振って相槌を返しつつ、笑顔を振り撒く。

茶色の短髪に活気あふれる笑顔。

わたしは今の自分のことが大好きだった。


「あー、準備忘れてたー!後で教えてー」

ごめんとお祈りしながら通り過ぎる。

先にどうしても行くところがあるのだ。


そこは街はずれの教会。

歴史を感じる建物は、どこか厳かなイメージと優しい雰囲気を漂わせているのがわたしは気に入っていた。

ドアを押すと『ぎー』と鳴って木の扉が開いた。


中に入って中央の祭壇のほうへ向かう。

十字架と祭壇、奥には綺麗なステンドグラス。

祈りを捧げていると目的の人物が現れた。

「おっそい、何分待たせる気だ」

金髪に女性とは似つかわしいほどの長身に修道服を着たシスターがそこにいた。


「これでも飛ばしてきたんですよ。少しは褒めてください。」

「時間を守れてない時点で褒めるようなことかよ」


わたしの頭をぽかりと叩く女性は腕ぐみをしてふんとため息をついた。

わたしは彼女のことを見たままシスターと呼んでいる。

「学校をサボってまで行った甲斐はあったか?」

んー、言葉に詰まるわたし。

さっきと異なりシスターはポンポンとわたしの頭を撫でた。


「そんなに急ぐ必要はないさ」


こちらの気持ちを汲んで、厳しさと優しさを持ち合わせるシスターが大好きだ。


「この後はどうする?学校に行くのか」

「いえ、そろそろ薬の時間なので一度帰ります」


シスターの目を見て返事をした。

「そうか」

とだけ、声を発する女性の表情には笑みが浮かんでいた。


わたしは、頭を垂れて祈りを捧げる。

目をつぶるわたしの背後からまたな、と声が聞こえた。


「ログアウト」

私の意識が暗転し、目を開けた先にあったのは先ほどまでの教会ではなく、見慣れた天井と20畳ほどの子供1人が寝泊まりするには広い部屋が広がっていた。


身体を起こすと先ほどまでの活発さが嘘のように身体が重かった。

「つぅ・・・」

身体の節々に痛みを覚えながら起き上がると、窓の外を睨んだ。こんなにも良い天気でも、日中に1人で外に出る事も出来ない。

そして、ため息。思い出すのは、10日間前の父の発言。


〜〜〜10日前〜〜〜

「お前、ViW(ビュー)で生涯暮らす気はないか」


耳を疑った。この親は何を言い出しているんだと思ったが、本気だった。

ViWとは、最新技術で作られたVR空間の事だ。

VR技術は進化して以前までの意識を現実世界に残したまま視界だけVR空間を映し出すだけのものから特別な機械を使用することで仮想空間で五感を感じることが可能なレベルまで進歩していた。

その開発を進めていたのが父の会社なのだが、それがどうしてこんな話になっているのか理解できない。


「お前の病気はもう治らない。長くは生きられない」


分かり切っていることだが改めて口にされると、ちくりと来る。

少しはオブラートに包め。


「なら、意識だけを仮想空間へもっていけば今よりも何十年も生きられる。やりたいことも出来る。そう思わないか」


真面目な顔で口にする父親を私は睨みつけた。


「それは生きていることになるの?ここにいる私はどうなるの?」

「ここにいるお前の肉体は死ぬ。だが、意識は生き続ける」


それは、1つの正しい回答で父親として精一杯の愛情だったのかもしれない。それでも私には、その思いを受け止められるだけの力は無かった。


「それが親が言うことか・・・、ふざんけんな・・・。あんたはそれでいいのかよ!」


胸に激痛が走ることもお構いなしに、父親の胸をたたいた。

それでも、力なくあっさりと崩れ落ちる私。


使用人を呼んで入れ替わりに父親は去った。


あれから改めて言われたことをゆっくりと考えた。

このままでは、余命1年もないと言われているわたし。


ViWでならば、きっと長く存在することが出来るだろう。

でも、それは本当に『わたし』なのだろうか。


仮想空間では、好きなように見た目を変える事が出来る。

名前も性別も容姿も。


私が望む『わたし』になって生涯を生きる。

それはきっと幸せなのかもしれない。


でも、その選択をすることをまだ私が望んでいない。


わたしは常備されている薬を手にとって飲んだ。

5種類くらい出ているから飲むのだけでも一苦労だ。


全て飲み終えたらサンドイッチでお腹を満たしてから、部屋を歩き回る。

いくら体が弱いとはいえ全く動かさないと、早々に体が動かなくなってしまう。


私はViWの世界での『わたし』が好きだが、

現実世界の弱い私も好きなのだ。

だからこそ・・・。


ひとしきり体を動かしたら、肩で息をしながらもう一度ベットに横なった。

このベットが専用の仮想空間へ入るための装置になっている。

目を瞑り、祈りを捧げて告げる。


【ワールドイン】


今日もまた私は『わたし』になって答えを探す旅に出る。


***第2幕***

仮想空間VIWへの入り方には、2パターンある。

「ワールドイン」は前回ログアウトした際のワールドに直接入り、

「ログイン」は個室に入り、アバターを整えて入りたいワールドを選択する。


入りたいワールドが一緒ならもっぱら前者の手法で入る事のほうが多い。

最近、私は1つのワールドに入ることが多いため、「ワールドイン」を多用している。


目を開けると前回ログアウトした際の教会の中だった。


ある程度はどこでログアウトすることも可能だが、場所を固定したほうが戻った際に慌てずに済むので必ずこの教会の中と決めている。


ちなみにViWから抜ける際も「ワールドアウト」と「ログアウト」で統一されている。


周りを見渡すと、そこには金髪長身のシスターが立っていた。


「よお、お帰り」


くだけた喋り方をする彼女の意識まで女性なのかは分からないが、見た目とその面倒見の良さから心を許している数少ない1人だ。


「いつも、ここにいますけど暇なんですか」


現実の自分とは打って変わって、快活なわたしが笑って首をかしげる。


「おお、シスターは祈りを捧げるやつがいないと暇でな」


確かにこのさびれた協会に祈りを捧げに来る人は指で数える人しか見たことがない。この質問は愚問だったかもしれない。


「それはいい事を聞きました。ちょっと、散歩に付き合ってください」


ニッコリと告げるとシスターの腕を引いて外に引っ張りだした。


★★★★★★★★★

このワールド【アイランド】には、約1万人ほどのアクティブユーザーが存在している。


世界各国にユーザーがいて時間帯で入れ替わりながら、中にはほとんどの時間をここで過ごして暮らしている人もいる。


国籍はプレイヤーの頭上にPN(プレイヤーネーム)と共に国籍が表示されており、会話も自動翻訳の為、不自由なく会話も出来る。


シスターと2人で街の栄えている場所まで歩いてくると、広場でバザーのような催し物が開催されていた。


「今日は人がいっぱいですね!」

「3分の1くらいはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)だけどな」


シスターのいうNPCとは、プレイヤーが操作していないキャラクターのことだ。NPCの場合は、頭上に国籍が表記されていない。


「それでも、普段よりは多いですよ」


イベントでもない限り人は分散している為、どうしても人並みはまばらになる。


「ほらほら、こっちで美味しそうなもの売ってありますよ!」

わたしが走るとシスターは面倒臭そうな顔をしながらついてきた。


「これなんですか?」

「さーちゃん食べたことないのかよ、トウモロコシってんだ」

「美味しそうですね!」

「1本やるよ」

「本当ですか、ありがとうございます!」


受け取ると、早速食べ始めた。醤油の味が染みて美味しい。

呆れたような顔をしたシスター隣に立った。


「何するにしても行動が早いな」

「あ、食べます?」

「いらん」


食べかけは嫌らしい。


そんなやりとりをしている時、ふと、目の前の少年の姿が目に入った。

近くにいる少女に何かを必死に訴えかけているように見える。


少女はあまり表情を変えずに首を横に振って少年から離れた。


「どうした?」


少年をまじまじと見るわたしにシスターが声をかけてきた。


「あの子のことが気になります」

「どうして?」

「さっき話しかけていた子、NPCでした」


彼が話しかけていた少女の頭上に国籍が表示されていなかったのだ。

「ねえ、君どうしたの?あの子に何を話してたの?」


早速声をかけてみると、彼は必死な表情で口を開いた。


「僕、あの子に感情があることを知って欲しいんです!その為なら、なんでもします。助けてください!」

「えーと、、、」


少年は真っ直ぐにわたしの目を見ていた。


***第3幕***

しつこく話しかけていた少年から距離を開けるとようやく着いてこなくなった。そして、定位置に戻りいつも通りの場所にたった。


道行く人が行き交う姿が見える店が立ち並ぶ店の間の道路の端。

そこでいつも通り、立ってその姿を眺めていた。


何を感じるわけでもなく、何を願うわけでもない。

ただ、いつも通りにそこで話しかけられることを待つ。


それでも、何を感じていない。

当たり前だからだ。


だから、きっと少年が言うことは誤りだ。

私に感情があるだなんて。


★★★★★★★★★

落ち着いて話せる場所を求めて、近くのカフェに入った。

少年にオレンジジュースをシスターはコーヒー、わたしは紅茶を頼んだ。


「僕の名前はアインス」


少年はそう名乗った。


「初めまして、わたしはさちです!君のことはアインスくんでいいのかな。わたしより年下みたいだし」


わたしの言葉にアインスと名乗った少年は少し引き攣った笑みを浮かべた。


「まあ、見た目なんて仮想世界ではあってないようなものだから、好きに呼んでください。それより、彼女のことを話しましょう」


目の前でアインスくんが空を切ると、空中に彼女の映像が表示された。

先ほどの表情のない白髪で青い瞳の少女が映し出された。


「さっきのNPCの子ね」

「はい。彼女の名前はスノウ。AIを搭載したNPCです」

「へー、初めて聞いた!NPCってみんなそうなの?」


アインスくんが首を横に振った。


「最近実験的に行われているアップデートの1つらしいです。僕も最近知りました」


隣に座るシスターは特に何も反応せず話を聞いている。


「スノウはNPCですが、自分で考えて行動をすることが出来ます。日々行き交う人との会話、見たものを記憶していて人によって会話のバリエーションを増やすことができる上に・・・」


アインスくんが言葉を一泊おいた。


「上に?」

思わず、おうむ返しに聞き返すと、

少し顔を赤らめながら、


「僕の体の心配をしてくれて・・・・。この子には感情があるのではないかと思い始めまして・・・」


あ、これは・・・。


「それから毎日話しかけるようになって気がつくと毎日彼女に話しかけるためにここにきていた。その中で思ったんです。彼女は心が芽生えているのだと!」

「なるほど、好きになったんだ!」

「いえ、違います!そんな下心では・・・!」

「そこは否定するのかよ・・・」


黙って聞いていたシスターがツッコミを入れた。


「僕は彼女に自分の感情を理解してもっと自由に生きて欲しいと思って・・・」


彼が言う彼女は、NPCだ。

言ってしまえば、元々生きているわけではない。

だけど、彼はこの仮想世界で自由に生きて欲しいと願っている。

それは、私が求めている1つの答えなのかもしれない。


「それでその方法は?」


シスターの言葉にアインスくんは頭を抱える。


「いや、特には・・・」

「ノープランかよ」


シスターが立ち上がって行こうと促そうとしている。

でも、構わずわたしはアインス君の手を握った。


「感動した!わたし、協力するよ!」


隣でシスターがギョッとした表情をしている。

わたしはシスターが何か言い出す前に続けた。


「スノウちゃんのところにもう一度行ってお願いしてみよう!」


アインスくんの手を引いて、わたしは歩き出した。

その後ろをこれまた面倒臭いことに巻き込まれたという表情でシスターが同行した。


★★★★★★★★★

来た道を戻る形で先ほどのお店が並ぶ場所へ到着した。

そこには表情を隠した白髪で青い瞳の少女が直立不動で立っていた。

現在の姿からはとても感情があるようには見えない。


「初めまして、スノウちゃん。わたしはさちです!」


話しかけると、少女はこちらに目を向けた。


「初めまして、さち様。何か私に聞きたいことがございますか」


とても機械的な反応で少女は表情を見せない。

どこにでもいるNPCのようにそれ以上はわたしの言葉を待っている。

そんな彼女にアインス君が口を挟んだ。


「なんだ、いつもみたいにもっと投げやりに面倒くさそうに言えばいいのに」


その言葉を聞いたスノウちゃんが勢いよくアインス君の方に向き直った。


「それは、貴方がしつこく私が拒否するまで話しかけてくることが原因では?」


笑顔のままどこか棘のある言い方でアインス君に向き直ったスノウちゃんは流暢に喋り出した。


「感情がある、感情があるとバカの1つ覚えみたいにおっしゃられますがありませんと何度も言っているではないですか。私は言葉のパターンと会話のやり取りを元に最適な回答をしているだけのAIです」


表情は変わらないのに言いたいことを一気にしゃべるスノウちゃんは確かに感情があるように感じる。でも、感情のあるなしの判断はまだ難しい。


受け答えだけならば、過去の会話パターンが登録されているロボットでも行うことが出来る。


「さち様のご用件も同じですか?」


言い切ったスノウちゃんがこちらに向き直った。


「それもあるけど、純粋にAIを搭載されたNPCの貴方自身に興味が湧いたの。話をしてみたいなって」


「そうですか、ですが私自身はあくまでプレイヤーの皆様の悩みを伺う役割のNPCの為、雑談を目的であればまた機会でお願いします。本日はユーザーの多い日なので」


話をしていると確かに何名かこちらに話しかけようと待っている人がいる。


「わかったわ、じゃあ明日、平日だし話しかけに行くね」


名残惜しそうなアインスくんを連れてわたし達はその場を後にした。


翌日わたしはまず学校に行ってから、帰りによることにした。

なんとなく、女性同士で会いたかったこともありみんなにはそのように話をして2人だけで会う事にした。


アインス君は1人で今日も彼女のところへ行っているのかもしれない。

2人の姿を思うと微笑ましくもなる。


わたしの学校はこのVIWの世界の中にある【アイランドセントラル女学院】だ。


この学校に通う子は通常の学校にいけないような身体が不自由な子や転校を余儀なくされた不登校児など全国の子供たちが多い。


物理的に学校に通えないこともあるけど、素性を隠して内面だけでコミュニケーションを取れるのが好評だ。


ちなみに姿は女性でも男性の可能性もある為、リアルの性別を元に入学の可能不可能は判断されている。


基本的には着替えなどもワンクリックで出来る世界なので問題はないのだが、嫌がる子は少なからずいるから助かる配慮だ。


そんな女子だけの学校では噂話も広がりが早い。

わたしは早速スノウちゃんのことを一番仲の良い【ハル子】に聞いてみた。


「ねえ、露店が並んでいる辺りにいる白髪で青い眼の女の子知ってる?」

「もちろん知ってるよー、最近話題になってるからね」


ハル子と話し始めると周りの子もワイワイと集まって輪が広がって色んな話が出てきた。


「悩みを聞いてくれるから助かるよね!」

「うんうん、私も困ったら最近なんでも聞いちゃう」

「そういえば、占いもしてくれるよね」

「そうそう、しかも当たるって評判だから話しかけにいく子多いよね」

「最近男の子がしつこく付きまとって困っててかわいそー」

「面倒くさそうにしてたよね」


そのうち、アインスくんの話題となり少し苦笑いした。


情報から察するにかなり色んな人の相談に乗って人気があるようだ。


それが彼女の意思なのか、役割なのか。


話を聞くほど、彼女のことが気になってきた。


ひとしきり話し終えると自然と人混みはバラけてハル子ちゃんがこちらに近づいてきた。


「そういえば、さっちんはどうしてあの子のこと知りたいの?」

「ちょっと知り合いが気になってるみたいでね」


流石にそのままは話せないので濁すことにした。


「そかそか、また何か話聞いたら教えてあげるよ」


軽く手を振りながら自席へと戻っていった。

そのタイミングで先生が来たので一先ず意識を勉強に向けることにした。


時間外になってすぐに街に出た。

初めはアインスくんの為と思っていたけど、わたし自身が彼女に興味を持っていた。


足早に昨日と同じ場所へ足を運んだ。

仮想空間だけど、ある程度走ると息が切れるようになっている。


スノウちゃんは昨日と同じ場所に立って、既に別のプレイヤーと会話をしていた。


少し近くで待っていると、相手の人は去っていった。

すかさず話しかけると、無表情のままスノウちゃんが頭を下げた。


「こんにちは、さち様。今日はどのようなご用でしょうか?」

「うん、話を聞いて欲しいかな。後は、わたしの今後を占って欲しい」

「分かりました、どうぞ」


間髪入れずに返答してきた。

一息呼吸を入れてわたしは近くの椅子に座るようにスノウちゃんを促して話し始めた。


「実はわたし、後1年しないうちに死んじゃうんだ」

「はい」


表情を変えずにスノウちゃんが返事をした。


「わたしが生きていくには、この世界で一生を過ごすしかないんだって。でも、わたしにはそれが生きてることになるのかがまだ分からないの。だって、現実世界の身体が弱くて、直ぐ体調を崩して、外を歩くこともできないそんなわたしのことも私は大好きだから」


もう一度、一息おいた。


「わたしがこれからどんな道を歩いていったらいいか、占って欲しい。勇気が欲しいの」


その言葉を聞き終えると、スノウちゃんがおもむろに立ち上がってわたしに向き直ると両手を広げると上段と下段に7枚ずつカードが宙を舞った。


「好きなカードを3枚選んでください」


わたしは上2枚と下の真ん中1枚を選んだ。

すると、選ばれたカードだけになって表を向いた。そこにあったのは、


「選ばれたカードは出会い、奇跡、現在です」

「出会いと奇跡と今、、、」


「はい、これからさち様は沢山の出会いをして、奇跡のような体験をします。それは未来を暗示するものですが、大切なことは常に現在にあります。今を見失わずにさち様が信じる道を進めば良いと思います」


それを聞いて少しだけ心に刺さっている棘が取れた気がした。


「ありがとね、スノウちゃん」

「いえ、これが役割ですので」


あくまで役割に徹するスノウちゃんの表情は相変わらず無表情だった。


「まだ、人もいないみたいだしもう少し話そうか」


スノウちゃんが頷いたのでわたしは時間が許す限り会話を楽しむことにした。


しばらく話し込んでいると、アインスくんがやってきた。


こちらを見るなり、嬉しそうに手を振っている。


「さちさん、スノウさん、こんにちは!」


スノウちゃんのことは少し分かったし、アインスくんの邪魔はしたくなかったのでその場は退散することにした。


その日の夜は最近では1番ぐっすり眠れた。


***第4幕***

1週間ほどシスターとアインスくんとスノウちゃんの4人で会っていた。


感情云々を抜きにしても、このメンバーで会うこと自体が楽しかった。

そんな折、スノウちゃんがおもむろに話し始めた。


「ところで皆様はいつまでこのやり取りを続けるおつもりでしょうか」


無表情なので棘があるように聞こえるセリフだが、彼女が純粋に疑問として聞いてきていることが分かる。


「いつまでって、いつまででもいいかな。わたし達友達だし」

「友達、ですか」


スノウちゃんが珍しく考える素振りを見せた。

それから、こちらに向き直ると


「アインスさん、さちさん。この後、少しお時間よろしいでしょうか」


わたしとアインスくんは首を捻りつつも首を縦に振って了承した。


「ありがとうございます。少し移動しましょう」


スノウちゃんが先導し、わたしとシスターとアインスくんの3人がついて歩き始めた。


しばらく歩いて、街が一望できる高台に来ていた。

現在は夕方で日没の為、地平線に落ちる夕日がとても綺麗に見えている。


「2人にはここからの眺めを見て、どう感じますか?」

「綺麗だなって思うよ」


アインスくんも頷いた。


「私は何も感じません。それは私にはこの光景に対して興味がないからです。ですが・・・」


スノウちゃんがわたしとアインスくんの目を見た。


「お二人に対してわたしは、良き日々であって欲しいと願いお付き合いしておりました。数日程度のお付き合いではありますがそのようにわたしが認識しているのは、お二人がわたしにそのような思いでわたしに接してくれたからだとわたしは考えます」


「スノウちゃん・・・」

「ですが、それも本日までです」

「え・・・」


「私の試用期間が本日で終わり、明日からはAI機能のない別のNPCが配置されます。ですからお二人とあの場所でお会いするのは今日が最後です」


アインスくんは言葉が出ない様子だった。


「だから、これだけは2人にお伝えしたい。感情という顔も知らない人物が定義したものではなく今感じていることを、信じてください。それが大切なのだとわたしは考えます。わたしに感情はない。けれど、そのことを理解できました」


スノウちゃんが言いたいことが伝わってきた。

だから、彼女に手を差し出した。


「スノウちゃんありがとう」


彼女は手を取り、少しだけ力をこめて握ってくれた。

今感じている気持ちを大切にしようと思う。


そして、

「アインスさん」

スノウちゃんが話しかけると、暗い表情のアインスくんが彼女の方を向いた。


「あなたのお気持ちに応えることは出来ませんが、あなたが沢山私に話しかけてくださったことで成長できたこと感謝しています」


背筋を伸ばしてお辞儀をしたスノウちゃんに対して、アインスくんが首を横振った。


「僕はあの場所に君が囚われているように見えたから、君の可能性に気づいて欲しかっただけだから・・。でも、そうじゃなかった。それが分かっただけでも俺は嬉しい」


最後は笑顔でアインスくんも応えた。

4人で元の場所に戻って、彼女とは別れた。


帰り道、アインスくんとも別れてからシスターに教会に行く道すがら話しかけた。


「シスター、スノウちゃんいい子だったね。NPCだって忘れるくらい」


「そうだな」


「探してみるよ。わたしが感じる、生きることの答えを」


「そうか・・。彼女が言ってたように感じたことを信じることが大切だと私も思うぞ、頑張れ」


そう言って、頭を撫でてくれた。


「それでね!」


「うん?」


「明日からもっとたくさんの場所に行って他にも沢山の人と出会ってみたいの!だから・・、」


最後まで言えず少し目線を逸らした。


「ちっ、分かったよ。付き合ってやるよ」


相変わらず面倒臭そうだけど、確かにそう言ってくれた。

わたしの表情がパッと明るくなる。


「ありがと!」

シスターが嫌がるのを無視してわたしは彼女にしがみついて教会まで歩いた。


***翌日***

「おはようございます」


修道服を着たスノウちゃんが教会にいた。


「ん、んん??」


わたしの口から素っ頓狂な声が出た。

「えーと、これはどういう・・・」


シスターにその答えを求めた。


「簡単な話だ。NPCからプレイヤーへジョブチェンジしただけだ」


いやいやいやと手を振る私。


「えっと、それじゃあ昨日の話は・・・」

「はい、今日から他のNPCがわたしの役割についてます」


確かに言っていたことに嘘偽りはないけど・・・。


「そのことアインスくんは・・?」

「もちろん、存じ上げません」


キッパリと告げるスノウちゃんに我の強さを感じる。

元々、NPCだししようがないのだろうけど。


「じゃあ、これからも会えるの?」

「はい、今後ともよろしくお願いします」


昨日と同じく背筋を伸ばしてお辞儀をした。


「でも、なんで修道服・・?」

「ああ、俺がサボりたい時に代わりにやって貰おうかと思ってな」


シスターの発言に、なるほどと納得してしまう。


「シスター、早速だけどわたしいろんな場所に行ってみたい」

「はいはい、いうと思ってたよ。じゃあ、3人で行くか」

「はい、ご一緒させていただきます」

「やった、じゃあ行こうか」


わたしたちは、新しい場所へ新しい出会いを求めて教会から外へ飛び出した。

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