第1話 清純派× 生意気⚪︎ な妹

 雨が降りしきる梅雨の季節。

 空気はどこかジメジメとして、気分もダダ下がってしまう。


「今日も雨だー」

「部活休み続きで、やになっちゃう」


 俺と同じような気分が下がっているのか、クラスメイトたちは空を見上げ、憂鬱そうな顔をしていた。ここ数日、雨が続いているから仕方ないよな。


 俺、日ノ出 弘人ひので ひろとはそんなクラスメイトたちを横目に、自分のスクールカバンへ教科書を詰めていく。


 時刻は15時過ぎ、終礼が終わった後の時間だった。


「(えっと、シャンプー切れてたな。帰りに買わないとな)」


 サイフの中身を確認しつつ、バックを肩にかける。

 他のクラスメイトたちに挨拶せず、素通りして俺は教室を出ていった。


 ガチャリとドアを開けると、何人かがびっくりしたような顔をしていた。


「うわっ、びっくりした。地味男くんか」

「地味男相変わらず、帰るの早いよね」 

「ってか、今日来てたんだ」


 女子たちの声が聞こえてきた。ちなみに、地味男とは俺のことだ。


 ボサボサとした黒い髪に、分厚い黒い眼鏡。誰とも話さず読書ばかりしていて、おまけに休みがち。

 暗くて、地味〜なことから地味男とあだ名で呼ばれていた。

 地味男と呼ばれるのは、あまり気分は良くないが……まぁ、そのうち飽きるだろうと今は放っておいている。


「よぅ、弘人! 今日も元気か」


 教室を出た時、聞き慣れた声が聞こえてきた。顔を上げると、そこにいたのは蒼井 あおい あおだった。


「びみょーかな。こうジメジメしていると、やる気を失うんだよな」

「そんな日こそ、筋トレをするといいよ! 自宅筋トレはなぁ(ペラペラ)」

「(また、始まった)」


 青は、楽しそうに筋トレについて語り出した。いつものことだった。

 青とは小学生の頃からの幼馴染で、いつも明るく、元気一杯。毎日のように、学校中を走り回ってるようなやつだ。

 なんでも運動が得意な青は、いろんな部活から助っ人を頼まれるらしい。


 海のように青い髪を肩ぐらいの長さに伸ばし、大きな青い瞳に長いまつ毛。ニカっと笑うと八重歯が見える。

 肌は健康的に焼かれ、背は高くスラッとしている。

 

 明るく元気な青は、学校中でマスコット的存在で人気者。

 「青っち」って呼ばれてるんだよな。


 ジッと俺は、青の顔を見つめた。


「なに、人の顔をジロジロ見てるんだよ?」

「いや、青って相変わらずかわいいなって」

「かわっ!?」


 顔を真っ赤にさせ、狼狽えるように「あっ」「うっ」と唸る青。


 喋り方は男っぽいけど、青はかわいいのだ。


「やっぱりお前、磨けばもっと輝……」

「そ、その話はストップ! やめろっていっただろ!」

「そうだったな、悪い悪い」

「たくっ、弘人も相変わらずだよな」


 相変わらず? 何が相変わらずなんだろうか?


「その顔、やっぱり分かってない顔だなまったく」

「なんだよ」

「いーや、べつに」


 青はぷくーっと頬を膨らませる。


「それはそうと、最近いすずちゃんとの仲はどうなんだよ」

「いっ!?」

「なに驚いてるんだよ」

「いや、別に。普通に兄妹としてやれてるよ」


 タラタラ冷や汗を流しながら、答える俺。


 青はそんな俺に気が付いていないのか、目をキラキラ輝かせながら話だした。


「いすずちゃんいい子だもんな! 羨ましいよ、あんなかわいい子が妹になってくれるなんてさ!」

「……」

「本当に羨ましいよ! いすずちゃんならあたしも妹に欲しい!」

「欲しいならやるよ」

「えっ? なんかいったか?」

「いや、何もいってない。じゃ、俺帰るから」

「? おぅ、また明日な!!」


 全力で手を振る青を残し、俺は下駄箱へと向かう。


「羨ましいかぁ、そんな時が俺にもあったっけな」


 そう、そんな時があったのだ。


 そんなことを考えていると、ブッブっとスマホが振動した。


「げっ」


 嫌な予感を感じながらスマホを見ると、予想通りの人物の名前が書いてあった。


 本当、勘弁してくれよ。



 買い物を済ませた俺は、自宅へと戻っていた。

スクールバックをリュックサックのように背負い、両手で水2リットルのペットボトル(×6)が入った箱を持っている。


 普段から筋トレやっているとはいえ、2リットルのペットボトルが入った箱を持つのは、かなりキツイ。


「ゼーゼー、くそアイツめ」


 雨の日に最悪だ。

 おかげで、制服ずぶ濡れなんだが……。


 ぶつくさ文句を言いつつ、なんとか家にたどり着くことができた。

 ペットボトルの箱を持ち、玄関の扉を開ける。

 すると、パタパタとスリッパで駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


 冷や汗が、たらりと流れる。

 きっとこれは、本能が告げているんだ。"アイツ"が来ると!


 逃げようにも、疲れ切っていて逃げられない。

 そうこうしているうちに、足音が目の前で止まった。


「お兄ちゃんお帰りなさい。重そうな荷物ですね、大丈夫ですか?」

「……」

「私も手伝いますよ。一緒に運びましょう」


 ニコッと輝かしい笑顔を浮かべながら、妹であるいすずが俺に近寄ってきた。

 

「いや、いいって」

「お兄ちゃん1人に運ばせるわけには、いきませんよ。ほら」

「だから」


 俺は断ったのだけどいすずは、俺の手に自分の手を重ねてきた。

 探るように手のひらを重ねられる。

 ヒヤッとしたいすずの冷たい手に、ビクッとしてしまう。


「お兄ちゃん、そんなに体をビクッとさせてどうしたんですか?」

「ちがっ」

「ふふっ、分かってますよ」


 さらに体を密着させてくるいすず。上目遣いで俺の顔を見ながら、頬を赤く染める。

 チラッといすずに目線を送ると、いすずの着ているワイシャツから谷間が見えてしまった。


 まずい!


 慌てて目を逸らすも、いすずは「ふふっ」と嬉しそうに声を上げた。


「お兄ちゃん、照れていますよね?」

「っ!」

「手を触られて、近づかれて、胸元まで見えちゃって。照れない方がおかしいですよ」

「いすず……」

「だって、」


 いすずは、ふぅーっと柔らかそうな唇から息を吐く。

 俺の体にさらに体を密着させると、


「私は今をときめかせる清純派アイドルだからね! お兄ちゃんが照れちゃうのもムリないよ! ねぇねぇ、私に照れちゃったお兄ちゃん! 感想どうぞ! はい!!」


 手をマイクのように見立てながら、俺に向か

って伸ばしてきた。


 俺はそんないすずを見て……


「照れてない」


 それだけ伝えて、いすずから体を離した。

が、いすずはニヤニヤ嬉しそうに笑っている。


「へぇ? じゃあ、なんで顔が赤いの? お兄ちゃん」

「それは、暑かったからで」

「雨に濡れて冷たいのに、何をいってるのかなー?」

「ぐっ」

「その理由を、根拠含めてきっちり話してくださいー!」


 俺は、何も言葉を返すことができなかった。   

 おのれの未熟さ(スキル)に、苛立ちを覚えるしかない。

 

「お、に、い、ちゃ、ん♡」


 そしたらこの生意気な妹を黙らせることができたのに!!

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