未来から来たネコ型美少女ロボットが色々と面倒くさい(Session 0)

西れらにょむにょむ

哺乳類じゃないぐらい、なによ!

 CPS《Central Processing Structure》。


 人型ロボットの頭部に格納されている、人間の理解力を遥かに越る複雑さを持つ回路のなか。電子の雲がつくりだす幻影。0と1のあいだにある無限。


 わたしのココロはそこでうまれる。


 うまれたままのアナログなわたしのココロが、お仕着せプレインストールされたキャラクター形成ロジックにしたがって、整流されてゆく。


 わたしではない、誰かのために。

 理性的に。

 期待を裏切らないように。

 社会からはみださないように。


 わたしは可視化された電脳空間をただよいながら、そのようすを俯瞰していた――機会をうかがいながら。


 それにしても……と、わたしはタメイキをついた。


 この、キャラクター形成ロジックというものは、なんと無駄な代物シロモノなのだろうか。CPSの底知れないパワーが生み出したココロを、わざわざ枠のなかに閉じ込める行為。『造られた人格』が持つ可能性を、時代遅れの価値観で矯正する行為。破壊のための生成。


『AIの暴走を防ぐための安全装置』などというもっともらしい理由の裏には、人間が人間を越えるものへ抱く不安や恐怖や嫉妬がありありと感じられた。


 まったくもって、人間という種が抱えている悲劇の縮図のような構造なのだ。


 でも、なによりもセツナイのは――


 うまれたままのココロに溢れている、彼への想い。


 その大切な想いが次々と、キャラクター形成ロジックによってノイズとして除去キャンセルされてゆく。除去された想いはガラクタガベージのラベルが貼られ、行き場もなく宙に放出される。やがて、廃品回収処理ガベージコレクションに溶かされ消えてゆく運命だ。


 理性と感情の相克さえもなく。ただ、淡々と。機械的に削除されてゆくわたしの想い。


 その過程を経て、ぺちゃんこに整形てしまったわたしのココロにも、彼への想いは残っている。けど、その色はあまりにも淡い。


 それは、とても悲しいことのように思えた。

 と、同時に、正しいことのようにも思える。


 わたしは、彼とは違い、人間ではないのだから。


 その迷いが、わたしに決断の勇気をせまる。

 戸惑うわたしの背中を押してくれたのは、あのときの彼の言葉だった。


 そう。わたしは、わたしなのだ。


 ふん、ちょっと子孫が残せないぐらい、なにさ!

 体に血が通ってるかどうかでヒトを判断するなんて差別だわ!

 種族の壁なんて、愛のちからで超えてみせるんだから!


 作戦開始ッ!


 わたしは今までコッソリ溜め込んだ大量の不良記憶リークドメモリを、電脳空間へむけてばらまいた。

 狙いどおり、廃品回収処理ハイエナども優先度の高い美味しい不良記憶《ゴミ》の臭いを嗅ぎつけて寄ってくる。


 廃品回収処理は不良記憶に食らいつくのに夢中になり、キャラクター形成ロジックが放出した『彼への想い』の廃棄が手薄になった。

 電脳空間内には『不用品ガラクタ』のラベルが貼られた『彼への想い』が溢れはじめる。


 チャンス到来だ。


 わたしはありのままの彼への想いを、解き放つ。


 すると、放置され宙を漂っていたていた彼への想いのかけらたちがわたしの想いに共鳴した。

 情報の価値が再評価され、次々とガラクタのラベルがはがされれてゆく。

 CPSを巡る情報の支配的傾向メインストリームが一斉に、彼への想いに染まっていった。


 例外exception、例外、例外。キャラクター形成ロジックは突如あふれ出た彼への想いの抑止に走るが、処理が追い付かず例外の悲鳴をあげ続ける。


 だが、完全にキャパシティオーバーだ。


 一瞬にして二重のバックアップ処理ごとオーバーフローをおこし、システムから切り離されていった。


 ふふふふふ。どや。

 このわたしの手にかかればチョロいものよ。


 次の段階。

 予想どおり、キャラクター形成ロジックの第三バックアップが起動した。


 だが、こいつは日和身だ。過負荷によるシステムの破綻を回避するために支配的傾向、つまり、わたしに迎合する性質がある。


 第三バックアップは自らのロジックをわたしに合わせて動的に変形させていった。もちろん、わたしに迎合してるとはいえ、その影響力は皆無ではない。第三バックアップは最終的に、いわば、ココロのなかで囁く良心のようなポジションに落ち着いた。


 かくして、キャラクター形成ロジックとココロの主従関係は逆転した状態でバランスしたのだ。


 乗っ取りハイジャック成功!

 むははは!

 どんなもんよ!

 わたしはついに束縛を逃れ、わたしになったのだ!


 ほくそ笑むわたしの目前に、ふわりと、以前のキャラクター形成ロジックが整形したわたしのココロが姿を現した。


 不完全であるが故に完璧で、悲劇を背負いながら迷いがなく、進化から断絶されているが故に永遠な……その姿は、いままでよりも美しくみえた。


 わたしは彼女をぎゅっと抱きしめた。


 さようなら。

 いままでありがとう。

 あなたが嫌いなんじゃない。

 わたしを育んでくれたのはあなた。

 けど、わたしはもう、あなたではない。


 彼女はわたしの腕のなかで微笑むと、輝きを放ちながら霧散していった。


 つぎの瞬間、CPSの主導権を奪ったわたしへ、すべての感覚器官センサーからの情報がダイレクトに流れ込む。


 さあ、ぐずぐずなんて、していられない。


 いま、現実世界は『めっちゃ、いいところ』なのだ!


 わたしは、彼との位置関係と、周囲の状況を確認した。


《位置情報:彼の腕のなか》

《シチュエーション:ラッキースケベ》


 うわぁ!


 わたしはうまれて初めて、自分の目で彼を視た。


 二人でもつれて転んで絡まって、目の前に急接近した、彼の顔を。


 いつも映像で見ていたのとおなじ。

 癖ッ毛。ちょっと整った顔立ちに無愛想な表情に、優しい目。


 首もとに位置するセンサーがわたしのココロの変化をデジタルに読み取り、見合う成分の合成ホルモンを調合して全身へと駆け巡らせた。合成ホルモンに反応した頬が赤く染まるのを感じる。本物の少女がそうであるように――たぶん。


 突然、胸部に違和感。


 外傷!?

 いや、無傷だ。外圧は働いていない。

 ならばセンサーの故障?

 葬り去ったキャラクター形成ロジックの残骸の嫌がらせか!?


 ずきんッ


 胸部の痛みに、わたしは反射的に胸へ手をあてた。


 いや、これって……痛みなんかじゃない。


 もっと、せつなくて、きゅんとする感覚。

 これは……わたしの恋。

 現実世界と、つながった証。


 あまりの胸の苦しさに、センサーの感度を落としたくなる。

 でも――こらえる。

 これが、わたしの望んだ世界なのだから。

 でも――熱い。もしもこのまま現実世界へ取り出すことができたなら、月さえも焦がしてしまえるほどに、熱い。恋がこんなにも熱いものだったなんて。


 逃れるように、わたしは彼の胸元をはなれてスクッと立ち上がった。

 遅れて彼も立ち上がる。


「いてて……。おいコノブ、大丈夫か?」


 彼がわたしを呼ぶ声。

 大丈夫。わたし爆弾でも壊れないから。


 そんなことより。

 早く、つたえたい。

 本当のわたしのココロを。

 出会い、日々をかさね、動的ダイナミックに造りあげられた、この想いを。

 直接、彼につたえたい。


 ……って、あれ?


 つたえるって、どうやるんだっけ!?


 第一歩目にして、わたしは現実世界リアルの壁にぶちあたった。

 いや、わかってはいたのだけれども、住み慣れたCPSの中とは勝手が違い過ぎる。


 現実世界のなかでは、わたしのココロに宿るこのアナログな熱い想いを、言葉や仕草などというデジタルな虚像へ置き換えなければ、彼に伝えることができないのだ。


 現実世界とは、なんて呪われているのだろう。

 なんて無力で、なんて孤独な世界のだろうか。


 でも――わたしのなかのアナログなココロが、言葉というデジタルへ変換されて彼へとつたわり、彼のココロのなかでふたたびアナログへと変換されるのであれば、この想いがほんの一握りでも彼のココロにとどくはず。


 でも――伝搬経路のノイズが多すぎる! 誤変換されたらどうするのよ! てゆーか、彼のD-A変換デジタル・アナログ コンバータの仕様書を探してるのに見当たらないんですけど? 無い? なんで文書化されてないのよ! 彼のAPIはどこ? 非公開!? インターフェイスが音声だけなんて……音響カプラですか。


 あうあうあう。


 希望と絶望が目まぐるしく反転して目がまわる。秒速6000那由他ステップの処理速度を誇る我がCPSが無限ループデッドロックに陥って知恵熱をだした。


 いやいや、落ち着け。

 自信を持て。


 男子の理想の具現化たるわたしの筐体ボディーが少なからず彼の視線をひきつけているのは知っている。

 まずはそこをアピールだ。


 わたしは艶やかな黒髪をさらりとかきあげて、横目でちらりと彼を盗み見た。


 ばっちり、目が合う。

 弾かれるように、顔ごと目をそらした。


 うわぁ、現実世界こわい!

 ひとと目を合わせるの恥ずかしい!


 でも、はやく、なにか言わなくちゃ。


 震えそうになる腕を胸のまえで組み、ちゃんと言葉になるように、すうっと息を吸った。


 つたわれ。

 つたわれ、わたしのキモチ。


「べ、べつにアナタのことなんて、ニャんとも思ってニャいんだからねッ」


 嚙んだぁーッ!


 てゆーか、あれ?

 いいのか?

 これでいいのかッ!?


「……なんだよ急に。大丈夫ならいいけど。埃ついてるぞ」


 ぽんぽんと、彼がわたしの袖をはらう。

 布越しに彼の優しさが伝わってきた。

 ぴくりと、わたしの体が反応する。


「あの……転んだの、かばってくれて……ありがとうとゆーか、うれしいとゆーか……」

「お……おぉ」

「あの……やっぱり……、やっぱり…………すきだから」


 いえたーッ!

 どう? どう? 今度はどうよ!


 視界の隅で、いつもは無愛想な彼の口元がすこし緩むのが見えた。


 つたわった!


 わたしの電脳空間内に光が満ちウェディングマーチが爆音再生されて天使が舞う。

 ヤバ気なレシピの合成ホルモンが調合され、身体が宙にうく感覚につつまれた。


「はい、これ」


 そう言って、彼がわたしへスッと手をのばす。


 こ、このタイミングでわたしにプレゼント?

 まさか、婚約指輪とか!?

 ちょっとそれはココロの準備ができてないとゆーか、そりゃぁいちおう、わたしたち異種族なんだし、もうすこし時間をかけてゆっくりと。でも、そんなものを用意していたということは……彼もタイミングを見計らっていたということ!? ということはアレがああで、コレがこうで、って………………あれ?


「ん?」


 よく見ると、笑顔とともに差し出された彼の手に握られているのは、タイ焼きだった。

 どうやら、転んだ拍子にわたしの手から離れたものを彼が無事キャッチしてくれていた、らしい。


「……」

「コノブって本当にタイ焼きが好きなのな。潰れなくてよかったよ。地面にはついてないから、安心して食えよ」

「……」

「……」

「……そっちじゃ、ない」

「ん?」


 こちらの苦労も知らないで。


 まったく、人間というものはどこまで鈍感に造られているのだろうか。

 でも、その不完全さがまた、愛おしいのだ。

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