ちょっと、そこどいて!エーコが行くよ!⑥ ~キモ男くん涙の抗議編
ゆうすけ
ど、ど、どうして、あ、あ、亜子は、ボ、ボクの邪魔をするのー!!
これは、この街に住む二人の幼女と、彼女たちの新任担任教師と、彼女たちを狙うキモい男と、その幼馴染が繰り広げる物語である。
◇
「アックスボンバアアアアアアア!!」
男のぐえっといううめき声だけがリビングに零れ落ちた。亜子の放つアックスボンバーをまともに食らって、男はのけぞって吹っ飛んだ。リビングのソファーに頭をしこたま打ちつけると、あおむけに倒れ、気を失ってしまった。
「まったく。ちょっと目を離すとすぐこれだから。世話が焼けるわね。あれだけ犯罪者にはなるなって口を酸っぱくして言ってるのに」
亜子は手慣れた様子で男を抱え、肩にかけるとぐいと立ち上がる。
「さ、家の人に見つかる前にとんずらするわよ」
失神する男に向かって母親のような声をかける。そこへリビングの扉をがちゃりと開けて、頭から三角フード付きバスローブをかぶったエーコが入ってきた。
「きゃっ、なにこれー。あ、昼間のキモい人だー。なんでうちにキモい人が倒れてるの?」
「ごめんね。すぐに片付けるから」
亜子はエーコに向かって頭を下げると、男の鈍重な身体に肩を貸して引きずるようにリビングから出て行く。
「おうちの人にはナイショにしておいてね」
「んー、別にいいけど、うちで何やってたの?」
「多分、なにもしてないと思う。まだ今のところは。じゃあね。お邪魔しました」
亜子はそう言い残すとリビングの扉をそっと閉めて部屋の外に出た。早く玄関から外に出て屋外に出なければならない。母親が戻ってくると事態は収拾不可能になってしまう。亜子は意識のない男をひょいひょい担いで玄関に向かった。背後からエーコのつぶやきが聞こえる。
「なんだったのー? あのキモい男の人とおばさん。エーコ、ちょっと怖い……」
ぶちん。
亜子の血管が切れる音だ。玄関まで来ていた亜子は、凄惨な笑みを浮かべながら、それでも屋外に足を踏み出す。
「ふふふふ、今度のハンバーグの材料は決まったわ」
◇
「いやあああああ、先生、やめてー! サヤカ、おうちに帰りたい―!」
「ふふふふ、先生から逃げられると思ってるの? おうちに帰るなんて『職場で十泊』、『連日夜の昼メシ』、『水分補給は己の涙』の三点セットを達成してからにしなさい! さあ、先生と一緒に来るのです」
「ど、どこへ。サヤカ、行かないー!」
住宅街の夜道を、引きずられるように歩かされている少女。がっちりと丈賀美知恵先生に腕をつかまれた、黒髪おかっぱのサヤカだ。
「やだあああああああ。わたしぬいぐるみなんかになりたくないいいいいい!」
「ええい、つべこべ言わないの! わたしのコレクションに加われるんだからラッキーだと思いなさああああい!」
いつもの温厚なミチエ先生はここにはいない。先生は鬼の形相でサヤカを引っ張りたてた。夜空には満月が寒々しい光を放っている。
「いやあああああ! サヤカ、アンラッキー! 世界一不幸だよおおおお」
「ええい、うるさい!! もう面倒だからここでぬいぐるみにしてくれるわ!!」
ミチエ先生がサヤカの手を離した瞬間、脱兎のごとく、サヤカは逃げ出した。髪を振り乱して一生懸命走る。
「バカね。先生の必殺立ち幅跳び、ミチエ・スペシャルジャンプから逃げられるとでも思ってるの? それー!」
ミチエ先生は不敵に笑うとエビぞりになった。もてる最大の力を背筋に集中し、エビのように飛び跳ねてサヤカの背中に襲い掛かる。
「にーがーさーないわよー!!」
◇
一方そのころ、亜子は住宅街の坂道を登りながら、説教をしていた。月明りがしんみりとした冷たさで二人を照らす。
「まったく、きよしくん、いい加減にしなさい! 自分の年考えなよ」
「あ、あ、あ、亜子だって、お、お、同じような、も、もんだろ。ほ、ほっとけよ」
気絶から目覚めた、というか、亜子の鉄拳を腹に受けて強制的に目覚めさせられた男は、大きな身体を縮こまらせながら、それでも亜子の小言に反論を試みている。そんな男のささやかな抗弁に耳を貸さないで、亜子はとびきり特大のため息を吐いた。
「はああああ、ほんっっっとおに昔はあんなにカッコよかったのに。頭がよくて物知りで優しくて……。どこで間違ってこんなキモ男になっちゃったかなあ。とんだ詐欺だわ。私の青春を返せってんだ」
「ど、ど、どうして、あ、あ、亜子は、ボ、ボクの邪魔をするの。ほ、ほ、ほっといてくれよ」
男のセリフに亜子はぷいと横を向く。吐き捨てるセリフには積年の恨みといっしょに過ごしてきた時間の重みが加わって鴨肉のような重厚な味わいになっていた。
「ふん、その質問も、その要求も、今さらすぎて反吐がでるわ」
その時男の目の前を身長130センチの子供が走り抜けて行った。
「いやあああああああ、わたし、ぬいぐるみにはなりたくないいいいいいい」
何事かと足元を見つめる二人。さらに男の横っ腹から何かが飛びつく。逃げるサヤカとエビぞりハイジャンプで跳躍してきたミチエ先生だった。先生はべたんと男の右腕に張りついている。サヤカは亜子の後ろに隠れて震えていた。
「つーかーまーえ、え? ぎゃああああああああ、キモ男じゃない! ぐひゃああああ、キモ男に抱き着いちゃったー! け、穢れるーーーー!」
先生は自分が抱き着いたのが男だと知って雷のような悲鳴を轟かせる。
それを亜子は聞き逃さなかった。サヤカを背後に隠すと、ずいっとミチエ先生をにらみながらどすの効いた声で言い放った。
「ちょっと、どこの誰だか知らないけど、きよしくんのことを面と向かってキモいと言っていいのは世界中でこの私だけなのよ。すっこんでてくれるかなあ。それとも……」
男がヤバいという顔をする。亜子がガチギレした時の怖さを男は知っている。男はサヤカの手を握ると小声で「に、に、にげよう、今のうちに」と言ってそっとその場を離脱した。
冷たい月の光に照らされて亜子とミチエ先生が対峙する。怒りの目を向ける亜子。睨み返すミチエ先生。口を開いたのは亜子だった。
「あなた、ハンバーグになりたい?」
先生も負けずに睨み返す。その視線はどこまでも鋭く、冷たい。
「遠慮しとくわ。というか、あなたがぬいぐるみになるべきじゃなくて?」
(続く。次回最終回? まじかよ!)
ちょっと、そこどいて!エーコが行くよ!⑥ ~キモ男くん涙の抗議編 ゆうすけ @Hasahina214
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます