36.かっこいい人


「……あの、何か手伝います」

「いいのよ座ってて! お客様に手伝わせるなんてできないわよー。はいしー、これ持ってって。つーはご飯ついで!」

「はーい!」

「うん」



 てきぱきと指示を出すお袋と、それの手伝いをするしーとつー。

 そんな彼らを見て何か手伝おうと立ち上がろうとした信濃さんを、お袋は手で制した。それから俺にバチコンとウインクひとつ。


 準備はしてやるから、咲ちゃんの話し相手になってやりな。洗い物は任せたわよ──こんなところだろう。おーけーりょーかいと、ぐっと親指を立てて横に座る信濃さんの顔を覗き込む。



「ま、そーゆー事だから、俺とお話しませんか? 退屈はさせないよ?」

「そもそも、黒澤くんと話してて退屈と思ったことがない」

「おうふ」



 久しぶりに食らった信濃さんの火の玉ストレート。

 色々と拗れている筈なのにこういう感情表現の言葉はストレートだから心臓に良くない。そろそろ慣れよと、と思われるかもしれないが、本当に唐突だから身構えようが無い。


 さて、どんな話題を振ろうか……そう考えていた所で、リビングに入ってくる人物が一人。



「あ、もう飯の時間か……時計見てなかった」

「親父。何してたんだ?」

「仕事の資料作り……休みくらい休ませろってよ……あ、君が信濃さんか。奏の父です。いつも奏が世話になってます」

「あ、どうも……信濃咲です。こちらこそ、奏くん、には……お世話になってます」



 ぺこり、ぺこり、二人が同時に頭を下げる。

 そのまま顔を上げた親父が、お袋にアイコンタクト。にっこりと笑顔を浮かべたお袋に一つ頷き、そのまま信濃さんの前の席に腰を下ろす。



「さて、と……信濃さん。まず先に一つ、伝えとかなければならないことがある」

「……なんで、しょうか」



 真剣な表情で人差し指を一本立てた親父。真剣な表情で信濃さんを見つめ……やがて、ぼそりと呟いた。



「──奏のどこに惚れたんだ?」

「うんごめん。信濃さんちょぉっと目閉じて貰ってていいかな? 今からこの平和な食卓を血の海に染めて見せるからね」

「兎に角優しくて細かい気遣いもできて、一つ一つの所作から人の良さが滲み出てて、オマケにかっこいいところです」

「信濃さん!? 何真面目に答えてるの?」



 ふざけた様子の親父。そんな親父を真っ直ぐ見つめ、バカ正直に答える信濃さん。

 頬が熱くなるのを感じるが、そんなことよりツッコミが先だ。


 ところで、オマケにかっこいいはワンチャン悪口なのでは?



「そうかそうか! 俺が言うのもなんだが、奏は中々優良物件だからな! いい男捕まえたな!」

「はい。こんなにいい人、私には勿体ないくらいです」

「そうだろうそうだろう! いやぁ、めでたいめでたい!」

「分かってるよね!? 親父も信濃さんも絶対分かってるよね!? 信濃さんちょっとニヤけてるよね!? 君の珍しい笑顔をこんなところで見せないでよ! つー! 爆笑すんな!」



 俺の不幸が大好きなつー、動けなくなるほどの大爆笑。

 そして、滅多に見せない口角の上がった顔を見せてくれる信濃さん。俺、信濃さんの笑顔って片手で数えるくらいしか見たことないのに、こんなことで見るとは思いもしなかった。


 いや、こんなことで笑ってくれるくらいにはメンタルが上向いていると考えた方が良いだろうか。



「さて、冗談はこれくらいにして」

「はい。楽しかったです」

「勘弁してくれ……」

「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ。俺たちにできることなら、全力で応えて見せよう」



 椅子にもたれ掛かり楽な体勢になった親父が、先程までのいたずらをした子供のような笑顔ではなく、大人がうかべる控えめな笑みを信濃さんに向ける。

 話の空気が変わったことを察知した俺たちは、佇まいを直して親父の話に耳を傾ける。



「君が過去にどんな目にあったのかは知らない。君がどんなもので構成されているかなんて分かるはずもない」



 柔らかな雰囲気を醸し出しているにも関わらず、その言葉には聞かせる力を感じさせる。

 こういう時の親父の言葉は、覚えておいた方がいい。今までの経験上、糧になることを言う。



「だが、君がまだ15の子供で、大人に甘えるべき存在であることに変わりは無い。何かあったら、すぐに信頼出来る大人に助けを求めてくれ。俺達も、『信頼出来る大人』足り得るよう、全力を尽くす」



 それが、大人の使命さ。


 そう言い残し、親父は席を立ちお袋の手伝いに入る。


 ──やっぱり、遠いなぁ。


 自分の目標の一人がまだまだ遠い場所にいることを再認識し、頬をかく。いつか俺も、あんな大人になれるのだろうか。



「あーでも、信濃さん」



 少し自暴自棄になりかけていたところで、親父がキッチンの向こうから信濃さんに声をかける。

 隣に佇むお袋としー、つーもこちらを見てきていた。



「君が真っ先に助けを求めるべきなのは、隣に居る頼れるナイスガイさ」



 ぴしり。


 親父が俺を指さし、ニヤリと口角を上げた。

 その言葉に思わず胸が詰まりそうになり、誤魔化すように信濃さんの方に顔を向ける。



「勿論です」



 信濃さんは、親父の目を真っ直ぐ見つめていた。

 彼女の表情は、やはり眼帯に隠れて分かりづらかった。



「奏くんは、私を幸せにするって言ってくれましたから」



 初めて、信濃さんのことを。


 かっこいいと、思った。




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