34.奏くん
「……というわけで、土曜日に家に信濃さんを呼んでよろしいでしょうか」
「好物ハンバーグって言ってたわね。土曜のお昼はハンバーグね!」
「え、信濃さんうちに来るの!? 色々お話聞きたい!」
「勉強会なんだから我慢しなよ……眼帯のこと、絶対聞くなよ?」
「奏、信濃さんの好みもっと聞いておけ。飲み物お菓子揃えてくるから」
などと、家族からの熱い賛同を得ることができた。こういう時、家族仲がいいのは本当に助かる。
という訳で、万全の受け入れ態勢を準備して迎えた土曜日。
「なんでしーはクラッカー持ってるの?」
「歓迎しようと!」
「しまえ」
そわそわと落ち着きのない様子で玄関付近をウロチョロするしー(クラッカー装備)をリビングに押し戻す。
もう少しお淑やかになってくれると、こちらとしても安心して見ていられるのだが、そんなことできるわけもない。
斜に構えすぎているつーと足して二で割れば、丁度良さげになりそうだが……いやはや、面白いものだ。
そんなこんな、妹とじゃれて待つこと五分後。予定時間の、五分前。呼び鈴の電子音が、部屋に響いた。
来た! と勢いよく立ち上がろうとしたしーを抑え、インターホンを押す。
「はーい、どちら様ですかー?」
『信濃です……来ました』
「はいな。ちょっと待っててね」
インターホンから離れ、まっすぐ玄関へ。
チェーンを外し、開錠し、ゆっくりと扉を開ける。
「おはよう、信濃さん。うん、やっぱりそのワンピース、よく似合ってるよ」
「……おはよう、黒澤くん。黒澤くんも、うん、かっこいい」
「はは、ありがとう」
ゴールデンウイークのデートで買ったワンピースに身を包んだ信濃さんが、手に学校指定の鞄と、大きめの紙袋を持った状態で立っていた。
未だにこの姿の彼女を見ると少しだけ胸が高鳴る。しかし、それを表に出すほど軟なメンタルのつもりはない。
「ささ、上がって上がって。あ、鞄持とうか?」
「構わない……お邪魔、します」
どこか緊張した面持ちの信濃さんは、ゆっくりと家の敷居を跨ぐ。
ゆっくりと靴を脱ぎ、家に上がる。そのまま彼女の先を歩き、リビングの扉を開ける。
「あ、こんにちはっ、信濃さん! お久しぶりですっ! 栞ですっ!! お洋服、とっても可愛いですっ!!!」
開けた途端、しーがソファから立ち上がって信濃さんの前までやってきて、にっこり笑顔。人懐っこさの塊のようなしー。ほとんど初対面のような相手にも臆さず話しかけられるのは、流石としか言いようがない。可愛いやつだ。
「しー、五月蠅い……っ! ど、どうも信濃さん。紬です」
そんなしーを宥めるように後ろからひょこり顔を出すつー。内弁慶のつーは、他人が居ると借りてきた猫のように大人しくなる。可愛いやつだ。
「お、久しぶりです……信濃咲です……お邪魔します」
そして、そんな双子二人に挨拶されて気圧されている信濃さん。確かに、傍から見たらそっくりな顔面つよつよ少年少女から話しかけられた状態。そりゃあ気圧される。
頭の中の赤嶺さんが「ブラコンシスコン拗らせすぎだろ」とからかってきたが、全部しーとつーが可愛いのが悪い。
「あらあら、貴女が信濃さんね。奏の母です。いつも奏がお世話になってます。ふふっ、お人形さんみたいね」
我が家族による波状攻撃は終わらない。洗い物をしていたお袋が、手を拭きながら信濃さんに近づく。
信濃さんは可愛いもの好きのお袋のお眼鏡に叶ったらしく、随分とご機嫌な様子だ。確かに、信濃さんは文句なしに可愛い。
「ど、どうも……信濃、咲です……いつも黒澤くんには、お世話になってます……これ、つまらないものですが」
「あらあら、わざわざありがとうね。でも、その言い方だと普段から私たちもお世話してるみたいじゃない」
「へっ」
「そうですよ! ここにいるのは黒澤ばかりですよ!」
「母さん……しー……」
信濃さんから紙袋を受け取った後、一瞬だけ悪い顔を覗かせたお袋。そんなお袋の意図に一切気付かず、素直に同調するしー。そんな二人を止めようとするつー。
助け舟を出そうか、なんて一瞬考えたが、少し考えるように下を向いた信濃さんは……やがて、いつも通りの無表情で、俺の目を射抜いた。
「……奏くんには、いつも凄くお世話になってます」
ずきゅん。
視線だけでなく、心臓も射抜かれた。これで一切表情を変えない俺、天才かもしれない。いったいどこに使う才能なのかと聞かれたら、まぁ答えられないが。
一瞬だけ、ほんの一瞬だけ硬直してしまったが、すぐに取り繕う。
「はーい、いつもお世話になってお世話をかけられてる奏くんですよー……とりあえず座ってよ、咲さん」
なんて、意趣返しではないが信濃さんのことも名前で呼んでみる。最も、彼女の名前はゴールデンウイークの時、賢治さんと遭遇した時に呼んでいるので効果はないだろうが。
「……その前に、トイレ貸してもらいたい」
「ん、そう? じゃあ……しー、お願いできる?」
「了解しました! ほら、咲さんこっち!」
案の定、信濃さんの表情を変えることはできなかった。しーの後を追ってトイレに向かう彼女の背中を見送る。
「……マジか、この人」
「……すごいわよ、ねぇ?」
「んあ? どったの、二人とも」
「いや……死んじゃえって思ってる」
「なんで!?」
なぜかつーから、すっごい厳しい一言をもらった。
「……あれ、なんで皆立ってるの」
「遅せぇよ……」
そして、すっかり出遅れた親父が、立ちっぱなしの俺たちを見て首を傾げていた。
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