32.天才とは


 テスト。


 それはくたばるべきものである。



「へぇ、いい子ちゃんなお前でもそんなこと言うんだな」

「簡単に心を読まないでよ……そりゃあ、俺だって一般的な高校生だもん。テストなんて大嫌いで、この世から消えてしまえばいいって思ってるよ」

「ま、そうだな……お前は普通の高校生じゃないと思うけどな」



 昼休み。いつもの空き教室。お花を摘みにいった信濃さんを除いた二人……俺と赤嶺さんが、二週間後に待ち構えている中間テストについて話をしていた。

 進学校として有名なこの高校のテストだ。それなりのレベルの問題が出ると思っておいて間違いないだろう。


 今から気が重くなる。勉強はしておいた方が後々のためになるというのは親父やお袋を見ていたら分かるけど、それはそうとして面倒くさい。



「俺は普通の男子高校生ですよぅ。ちょっとギターが好きな男の子ですよぅ」

「普通の高校生は信濃と近付けねぇし、アタシに気に入られねぇよ」

「んな自分を特異点みたいな言い方……」



 あってるけど、とは口に出さない。


 信濃さんと赤嶺さんは、やはり特殊な人種と言わざるを得ない。こんな人たち、これまでの人生で見たことない……嘘ついた。恭介が居たわ。あいつもとんでもない特異点だったわ。



「まぁそれは置いといて……勉強なら、それこそ信濃に教えて貰えばいいじゃねぇか。アイツが勉強出来んの、知ってるだろ?」

「本当にやばかったら泣きつくよ……そういう赤嶺さんはどうなのさ」

「教科書一回見たから大丈夫」



 あっけらかんと言う赤嶺さん。そんな訳あるか、と俺は自習用に持ってきていた数学の教科書を引っ張り出す。

 パラパラとページをめくり、後半の方……まだまだ勉強していない三角関数のページを開く。



「それじゃあ……」

「その辺のページなら三角関数だな。何ページだ?」

「……102ページ」

「じゃあ、正弦定理についてだな。外接円を持つ三角形において、辺の長さ割るその反対にある角のsinの値が、外接円の直径と等しくなるって定理だ」

「……どんな記憶力してるの」

「一度見たら大体覚えれる。そんで二度と忘れない。便利な脳みそだよ」



 全学生が羨むような脳みそだ。俺からしても羨ましすぎて目が眩む。

 さらりと言ってのけるからなんてことない技術であるかのように聞こえかねないが、言ってる内容は本当にとんでもない。


 前々から感じていたが、やっぱり赤嶺さんは、ちょっと……いや、かなりスペック高い。勉強だけで言ったら、信濃さんと同等……下手したらそれ以上かもしれない。



「ま、なんにせよアタシは程々にしておくつもりだよ。変にいい成績取っちまうと目ぇ付けられちまうからな」

「そんな、頑張れば高得点取れるみたいな言い方……」

「ま、アタシに勉強教えてもらおうとか思うなよ? 丸暗記すればいい、の一言で終わりだ」



 丸暗記しても、それを活かす頭がなかったら意味が無いしな……そう言い切った赤嶺さんは大きな口を開けて焼きそばパンにかぶりつく。あまりにも豪快なので、見ていて少し気持ちいい。

 小さく、ばれないように溜め息。生憎俺の脳みそはそんな都合のいいように出来ていないので、地道に覚えて必死に活用方法を考えるしかない。


 あきらめて教科書読み込んで例題解きまくるか……そう結論を出したところで、がらがらと教室の扉が開き、信濃さんが入ってきた。



「ただいま」

「おう信濃。お前普段どんな勉強してんだ?」

「……教科書を読み込む。例題解く。参考書と照らし合わせて確認。練習問題解く。自分の中に落とし込む」

「そうだよね……基本はそうだよねぇ……!」



 俺がおかしいわけではなかった事実に一安心。

 何のことやら、といった感じで首を傾げていた信濃さんだったが……赤嶺さんの顔を見て納得したように溜め息。



「安心して黒澤くん。赤嶺さんの脳みそが凄いだけだから」

「お、珍しく褒めてくれるじゃないの」

「事実を言っただけ。だから、気にしないほうがいい。こんなの、例外中の例外」

「おい聞いたか黒澤! こいつアタシのことこんなの呼ばわりしたぞ!」

「いや、笑いながら言われても……」



 なぜか嬉しそうにケラケラ笑う赤嶺さん。なぜか言ってやったぜと言わんばかりに胸を張る信濃さん。

 最近……そう、本当に最近。ゴールデンウイーク明けから、この教室は意外と賑やかになってきている。

 理由は単純。信濃さんが雑談に乗ってくるようになってきたから。普段は俺と赤嶺さんが話して、話題が尽きたら終わり。信濃さんは基本的にずっと読書。たまに話しかけても、一言二言。

 それが今では、こんな感じで会話に乗ってくる。二人ならすぐ終わる会話も、三人となるとかなり盛り上がる。

 いい変化ではあるのだろう。多分。相手がある意味劇薬であると言わざるを得ない赤嶺さんであることを除けば。



「なかなかひどいこと言うじゃねぇか。なぁ、黒澤ぁ。アタシは劇薬なんて、言うようになったじゃないか」

「だからなんで心が読めるの……」

「だから言った。こんなの、例外中の例外」



 怒っちゃねぇよ! と高らかに笑う赤嶺さん。呆れる信濃さん、げんなりする俺。


 これが、最近のいつもの光景になっていた。疲れはするけど、ちゃんと楽しいから、まぁ、いっか。


 予鈴が鳴るまで、あと五分。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る