7.妹と弟と親友と


「──って感じだったかな」

「つーくん! かな兄に春が来たー!」

「落ち浮いてしーちゃん。どうせいつもの人たらしだって……いつか刺されるんだから」

「うん、つーは俺のこともうちょっと信じてくれてもいいんじゃないかなぁ」



 ソファに座った俺の太ももに乗っかる、二つの頭。


 俺の双子の妹と弟……黒澤栞と黒澤紬。風呂上がりにソファでのんびりしていると、とてとてと歩み寄ってきた二人。それぞれ俺の右足と左足を枕にしながら高校がどんな場所なのかを聞いてきた。

 現在中一のしーとつー。早くも高校がどんなものか気になるらしい。君たちも俺と同じように新しく生活が始まったばかりなのに。



「でもでも! 高校での初めてのお友達が女の人だよ?」

「まぁ、何したらそうなるんだって話だよな......ナンパした?」

「俺、自分のこと硬派な人間だと思ってたんだけどなぁ......」

「硬派な人はそんなにペラペラ喋んない!」

「おっふ」



 一見人懐っこくて無邪気な性格のしーだが、無邪気であるがゆえに人の心を容赦なく抉る一言を発する。それでよくダメージを受けるものだ。まだ岡山に居た時も、ちょっかいをかけてきた男子相手に「えー、そんなことしかできないなんて、つまんないね!」などと言って怒らせたとか。

 つー? 典型的な内弁慶です。外では借りてきた猫より大人しいです。



「で? 兄さんが気にしてるってことは、なんかあるの?」

「分かんない……けど、まぁ、同中の人たちとは上手く行ってなかったみたい」



 正直、信濃さんと仲良くしていくことはそこまで難しいとは思っていない。彼女の場合はクリティカルな部分……左眼と、恐らく両親のことに踏み込まなければコミュニケーションは可能だ。

 問題があるとすれば、北中の人たち。信濃さんに対してのあの異常なまでの執着心。一体何が彼らをああさせたのか、ちょっと理解できない。


 今後学校生活を送っていく中で、彼らとの衝突は避けられないだろう。俺はまだいい。明らかに彼らのことを嫌っている信濃さんが心配だ。


 軽く思考していると、突然下から伸びてきた手に両頬をむにっと摘まれる。


 下を見ると、しーとつーが手を伸ばし、それぞれ右頬と左頬を摘まんでいた。



「かな兄、顔怖くなってるよ!」

「かな兄がそんな顔して良いことあった? 笑ってけよ」



 しーは満面の、つーは微かな。


 それぞれの自然な笑顔。


 それを見ると、なんだか心配事が全部どうとでもなりそうな気持ちになってくる。他の兄と呼ばれる人種がどうかは分からないが、俺はこの二人の笑顔にとんでもないほどの元気を貰っている。

 わしゃわしゃと、二人の頭を撫でる。キャーと嬉しそうに悲鳴を上げるしー、辞めろよと悪態をつくつー。



「ありがとな、二人とも。なあに、アイツをどん底から救えたんだ。信濃さんだって助け出せる」



 アイツ、と言う言葉とともに、俺はスマホを取り出す。引っ越し前に初めて手に入れたスマホ、連絡アプリの友達欄はそんなに多くない。


 その中で、家族以外で最も多く会話している友達が一人。中学の三年間で、最も俺が話し、俺が気にかけた人間。



「そっちは今日入学式だったんだろ、どうだった? っと……」

「あ、きょーくん? 何か言ってる?」

「落ち着け、今メッセ送ったばっかだって……お?」



 メッセージを送って数秒。既読が着いたそのスマホに着信が入った。案の定、相手は今まさに話題に上がっていた人物……漣 恭介だった。

 二人に目配せをした俺は、スマホをローテーブルの上に置き、スピーカーモードにしたうえで通話を開始させる。



『もしもし? かなで──』

「やっほー!!!!! きょーくん、ひさしぶりー!!!」

『わっ!? ……びっくりしたぁ……久しぶりだね、栞ちゃん』

「しーちゃん、うるさい……お久しぶりです、恭介さん。お元気ですか?」

『お、紬くんも居るんだね。こっちは元気だよ。入学式も終わったし』

「変わりないようで良かったよ、恭介」

『ははは……こっちのセリフだよ、奏』



 漣 恭介。

 岡山に居た時、突然転校してきた彼は、入学時点で目で見てわかるほど憔悴しきっており、今のように気軽に話せるような状態ではなかった。


 そこで知り合った俺と他数名で彼のことを必死に励まし、元気づけ、バカみたいに遊び、一緒にバンドを始め、彼の身に降りかかった過去の不幸を乗り越える手伝いをした。


 その結果、恭介は何とか自分の過去に折り合いを付け、普通に生きることができるようになっていた。今こうして、兄弟込みで穏やかに会話できるくらいには。



『そっちはどう? たしか、入学式は昨日だったよね?』

「おーう。友人もできて楽しく過ごせそうだよ」

「きょーくん聞いて! そのお友達、女の子何だって!」

「おい、しーちゃん……」

『へぇ……ついに奏にも春が来たのかぁ……』

「お前らなんなの? なんでそんなに友達が女の子ってだけでそんなに恋愛につなげたがるの?」



 電話口越しに聞こえてくる笑い声を聞きながら、恭介の精神が俺が居なくても安定しているというその事実に一人安堵しているのだった。


 明日は、信濃さんと一緒に登校。早寝しないとなぁと思いつつも、恭介との会話に花を咲かせた。

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