学校の七不思議
ihana
第1話
はぁ……。
今日も授業か。
めんどくさい。
勉強なんて、どうせしたって成績は上がらない。
そこから逃げるために陸上に精を入れたけど、そっちだってそこそこタイムは伸びただけで頭打ちの状態だ。
隣に座って友人たちと話している芽衣の顔を見る。
いいよな、芽衣は。
彼女はこの前大会で優勝したばかりだ。
同じように努力しているのに、彼女には才能がある。
私は努力しても、大会の決勝にすら出ることができない……。
それを思うたびに、黒い感情が心の中をよぎってしまう。
そんなことを思っていると、その芽衣から声をかけられた。
「あ、るみなは知ってる?」
「え……? ごめん。何が?」
急に話を振られて少し驚いてしまう。
「学校の七不思議だよ。さっきから話してたじゃん。六つ見ちゃうと最後の一つが現れるんだって」
そんな言葉をかけられて、私はドキりとしてしまう。
「へ、へぇ。七つ目ってなんなんだろうね。六つはすでに知られているけど」
芽衣が声を潜める。
「それがね、友香先輩が、真相を確かめるためにわざと六つ見に行ったんだって」
友香先輩は私たちと同じく陸上部の先輩だ。
すでに卒業してしまっている。
「六つ目を高校の卒業式に見たらしいんだけど、そしたら――」
「そしたら?」
「出たらしいの! 顔が真紫色になった女の子のお化けが! そのお化けは、その日先輩をずーっと見続けてたんだって!」
「ひぃ……!」
小さい悲鳴を上げてしまうも、友達は笑い声をあげる。
「あははは、もう、るみなったら怖がり過ぎ。ホント脅かし甲斐があるなぁ」
「わ、笑いごとじゃないよ!」
私は本気で怒って声を荒げる。
大きな声をあげたため教室中が鎮まり帰り、全員がこちらに着目してきた。
その様子に私は小さくなってしまい、「し、失礼しました」と小声で言う。
「ご、ごめんね、るみな。そんなに怖がるとは思ってなくてさ」
「……友香先輩、その後どうなったの?」
「別に。その日は学校中ずっと付きまとわれたらしいけど、別に何もされなかったって。それでそのまま卒業。以後とくに問題なしとのこと」
「付きまとわれる……」
狂気の沙汰ではない。
私にとってこの話は他人事ではないからだ。
なぜなら私はすでにその七不思議の内、五つを見たり聞いたりしてしまっている。
1.宙をうねる大縄跳びのヒモ。
2.音楽室でケースの中にしまわれているのに鳴り響くチューバ。
3.夕方、誰もいないのに勝手に開閉する扉。
4.体育館倉庫で聞こえる、少女の泣き叫ぶ声。
5.教職員室で先生の後ろに立つ背後霊。
そして、まだ経験はしていないが。
6.進路相談室のポルターガイスト。
なのに、私は今日、担任と進路相談室で面談をしなければならない。
その時に万が一ポルターガイストを経験してしまったら、七つ目の少女が出現することになる。
私は卒業までまだ一年半近くある。
七つ目の少女がいつまで私を付きまとうかは知らないが、卒業までとなれば精神が耐えられるとは思えない。
どうしよう。お腹痛くなってきちゃった……。
「よし、じゃああたしは部活あるから。またね、るみな」
「あ……」
彼女の方へ行かないでと手を伸ばすも虚しく、クラスから退出していってしまった。
大きなため息を吐きながら重い足取りで歩き始める。
はぁ……。大丈夫かな。でも、進路相談室なんてみんなも入っているし、大丈夫だよね。今日に限ってそんなこと絶対起こらないよ。
無理矢理そう思うことで自分を奮い立たせる。
「し、失礼しまーす」
部屋に入ると、すでに担任の渡部先生がいた。
進路相談が始まる。
進路なんてどうでもよかった。どうせ私には才能がない。努力したって無駄だ。それなりの大学に行って、それなりの職に就く。そして、それなりの人生を送って終わるんだろう。
私は、才能に溢れている友達とは違うんだ。
ふと、先生の後ろに飾ってある表彰盾が気になり始めた。
この部屋は普段使わない場所なので、見るのは初めてだ。
「そんなにこの盾が気になるか?」
「え? あ、えっと、す、すみません」
「いやいや、いいんだ。自慢になるんだが、実はこれ、全部俺が獲得した盾やメダルなんだ」
「え? 先生も陸上部だったんですか?」
渡部先生の母校がこの高校だと言うことは知っていたが、私と同じく陸上部だと言うことは知らなかった。
「ああ。るみなも頑張れば賞を取れるかもしれないぞ」
先生は陸上部の顧問をしており、私のことは親しみを込めて名前の方で呼んでくれている。
「は、はぁ。でも、私はそんなに才能ないですし……」
「今度個人訓練をつけてやろうか?」
「い、いえ、いいですよ別に。そこまでしていただかなくても」
「そうか? だが、才能とは現段階での実力を指すものではないぞ。自分に限界を決めてしまうのもよくないことだ」
「は、はぁ……」
我ながら、なんとも歯切れの悪い回答だ。
「るみなは私生活の方はどうだ? 最近……」
そのとき――!
私は確かに音を聞いた。
最初は小さな音だった。
カタカタカタカタ、という音。
盾が揺れている。
でも、地震が起きているわけではない。
明かにあの棚の物だけが揺れている。
私は最悪の事態が起こったと心臓が押しつぶされそうになった。
やがて、その音はガタガタガタガタと激しい音へと変わっていく。
なのに、先生は気にせず話し続けていた。
気付いていない……!?
体中を嫌な汗が伝っていく。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……!
「……どうなんだ?」
先生が何かを問いかけているが、もはや言葉が耳に入っていなかった。
やがてある一瞬を境にポルターガイストがおさまる。
「あ、いや、すまん、話したくなかったら別にいいんだ。ちょっと気になっただけでな」
だが、私は答えない。
答えられない。
息を殺して下を俯く。
怖くて仕方がなかった。
先ほど音が止んだ瞬間から、先生の背後に気配を感じていたからだ。
明らかに人型のナニカがいる。
手の汗がべっとりとしている。
私は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっていた。
「るみな? どうしたんだ」
先生が手を伸ばして私に触れようとしたとき、そのナニカが動いた。
私はビクッとなって思わず扉側へと飛びのけてしまう。
そして、そこにいるナニカを瞠目した。
紫色の顔。だらりとした手足。乱れた髪の間からは少しだけ飛び出した目がこちらを凝視している。
血走った目が獲物見るかの如く私をねめつけていた――!
「きゃああああああああああ」
扉へと向かい、私は走った。
とにかく走って逃げた。
もはや何にも構うことができなかった。
怖くて、本当に怖くて。
教室の荷物も取らず、上履きのまま信号も全部無視して家へと走り、そして「お帰り」と言ってくるお母さんに泣きついたのである。
周りを見るのがただただ怖くて、ずっとお母さんの胸の中に顔をうずめていた。
突然のことにお母さんはしばらく何があったのかと聞いてきたが、ずっと泣き続ける私を見て、静かにあやし続けてくれたのであった。
「るみな。大丈夫よ。大丈夫」
どれだけの時間を泣き続けていただろうか。
外はもう夕暮れとなっており、いつもなら部活から帰るくらいの時間だ。
チラとお母さんの隙間から周囲を見るも、あいつはこの家には来ていない。
もちろんあいつが追ってきているとも限らないが、学校の七不思議なんだから学校からは出られないはず、となぜだか信じられた。
「るみな。落ち着いた? 何があったかお母さんに話せる?」
私は静かに頷く。
そして、七不思議のことと、今日私にあったことを話した。
普通ならこんな話信じない。
幽霊だのなんだのはオカルト好きの人が人生を楽しむために空想するものだと思ってきた。
お母さんだってそう思っている可能性は高い。
「大丈夫よ。るみな。信じるわ。じゃあ……どうしよっか。学校に今から……は夜だから行くわけにはいかないわよね。明日、昼一緒に行ってみましょう。お母さんもついていくから」
その日の夜、私は怖かったのでお母さんの隣にお布団をしいて寝た。
高校生にもなってお母さんと寝るなんて、本来なら恥ずかしいのだろうが、これほど心強いことはなかった。
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