「灰は灰に」7/16日提出

山本Q太郎@LaLaLabooks

第1話

サブロウの告白

「リリ。僕は不老措置を受けていないんだ。だから六十年後には死んでいるだろう。リリを一人にさせてしまうのに言い出せなくてすまない」

 一緒に暮らしているサブロウにエアクラフトでドライブに誘われた。その日はよく晴れて雲が少なくまさに降るような星空だった。サブロウはいつに無く緊張していて、何か話をしたいことがあるのは伝わってきた。私はそれに気づかないふりをして、いつもよりはしゃいだ風に端末でビデオログを回し星空を撮影していた。規定の高度まで上がってゆったりと星空を眺めているとサブロウが話してくれたのが老化措置についてだった。思ってもない話だったのでうまく飲み込めず、その場はどうにでも取れる相槌を打った。

 不老措置をしないと人間はどうなるんだろう。動物のように老衰していつか死ぬのは頭ではわかっている。しかし、身の回りで人が死ぬなんて聞いたことがなかった。ニュースで見聞きする紛争や事故で直接的には伝えられないけど恐らく死者は出ている。けれど、それはどこか遠くの出来事だと思っていた。

 言われてみればだんだん髭が濃くなっているような気はする。それが老化に関連した事柄なのかしら。多くの人は成長が安定する二十五歳くらいで不老措置を受ける。処置を受けてから見た目の変化はなくなる。だから、多くの人は二十五歳前後の見た目をしている。なのに四十歳を過ぎたサブロウの方が若く見える。それはサブロウが東洋人だからかもしれない。

 そもそも不老措置って、受けないことができるっけ? 大抵のケガや病気なら、不老酵素を使った治療で事足りる。適切な栄養を摂取し体に必要な休養をとるだけで、大抵の病気は体の自然な回復力が治療してくれる。不老酵素は自然な回復力をほんのちょっと活性化させるだけだ。そして、その効果は永続的。おかげで人は寿命で死ぬことはなく、その時の若さを体が維持し続ける。成人病をはじめとした老化によるあらゆる疾患を心配する必要がなくなるのだ。副反応もない。人類は死を完全に克服してもう三百年以上経つ。なんのリスクもない不老措置を受けない理由を思いつくことはできなかった。


七色の人生

 サブロウから打ち明けられて、私はどれくらいサブロウを理解しているのかわからなくなった。二十年前に旅先で出会い同じ年の生まれだと知って仲良くなった。一緒に暮らしてからは十八年。一緒に旅をして一緒に眠り一緒に食べ、いろいろなことについて話した。多くの時間を共有してきたと思っていた。

「理由を聞いてもいいかしら」

「今のところは自分の人生に必要だったとしか言えない。身勝手だとは思うけど措置を受け入れられなかった」

「今からでも効果はあるはずよ。もし、迷っているならだけど」

「迷っていることが原因ではないんだ。僕にはみんながちゃんと生きているように思えない。リリ。君は何のために生きている?」

「それはもちろん……」生きるためにと言う言葉を飲み込んでしまった。生きるために生きていると言う文章は成立するだろうか。当たり前に生まれ当たり前に生きてきたと思っていた。自分の人生に後悔なんかないと思ってた。それが、こんな簡単な質問に答えられないなんて意外だった。

「ごめん、リリ。責めるつもりは無かったんだ。だからそんなに悲しまないで」

サブロウはそういって抱きしめてくれた。そんなに険しい顔をしていたかな。でも確かに、私は何のために生きているのだろう。考えたことがなかった。そのうちわかるんじゃないかと、気にしてこなかっただけかもしれない。


リリの世界

 サブロウから告白を受けて以来、死が社会にないわけでは無いと知った。ただ私が注意を向けていなかっただけだ。死亡事故も起こっているし、まだ治せない病気で死ぬ人もいる。自分の死をパーティのように壮大に催す人もいるようだった。参加者は20歳より若い世代で、一週間ほどアルコールを伴った飲食を行い、最後に主催者が火薬を積ん車に乗り走行しながら車を爆発させるらしい。主催者はその時に死亡し、観客はその姿に熱狂するようだ。解説によると人類の歴史の中でそのような趣向を持つ人々は一定数おり生物多様性の一環ではないかという見解が示されていた。

 もっと広く世界をみると医療が行き渡っていない地域も多く、紛争や災害のないところでも死者は日常的なものだった。ある国では毎日何百人も死んでいる。もし毎日そんなたくさんの人が死んでいるのならどうしてその国は無くならないのだろう。答えは簡単で、死ぬ人と同じかそれ以上の数の赤ん坊が生まれているからだった。その国では毎日何百人も死んで何百人も生まれている。その国に生まれていたら一体どんな人生になるのか。想像すらできない。


風の吹き抜ける場所で

 私が住んでいる市に火葬場が併設された墓地があることを知った。早速セントラルに火葬場への勤務の希望を提出したらすぐに許可が降りた。

 路面電車を乗り継ぎ、市の外れにある高い丘を登り大きな煙突のたつ施設を訪れた。一見して工房のような場所に見えた。あたりは綺麗に掃除され、雑草も手入れされている。振り返ると丘の斜面は一面に草が茂り、大きな石が規則的に並べられていた。列になった石の間には、踏みしめられた道が出来ており、何台かの凡用ボットが掃除のために行き来している。どうやらこの草原一面が墓地と呼ばれるものらしい。建物は白い土壁。明かり取りか通気のためか、高いところに四角い穴が並んでいる。脇には大きな水車が回り独特なリズムで回っている。門をくぐると白い四角い建物は見上げるほど高く黒い煙突はさらに見上げるほど高く空に伸びていた。

 中に入ると黒くまっすぐな髪を長区伸ばした女性が現れた。その女性カーリーさんが施設の中を案内してくれた。室内はどこも真っ白な土壁で床は黒いタイルが敷き詰めてあった。中央の大きな部屋の壁には飾りのない木の板で棚が三段に渡って作られており、その上に小さな瓶が所狭しと並んでいた。他にはゆったりと寝転べそうな大きな木のベンチが壁に沿って据え付けられている。一角ではお茶を飲んでいる人がおしゃべりに瓊中になっていた。建物の奥には大きな窯が3基並んでいた。

「これが火葬をする窯です」と言って、金具を外して中を見せてくれた。鉄製の台には滑車がついていて滑るよに出しい入れできた。

「この窯の他に薪を使って火葬する場所が裏にあります。ですが使われた記録はないと前任者から聞いています」

 外の水車はこの窯に風を送るためのものらしい。施設の中は時折小さな掃除ボットが足元を行き来している以外は物音ひとつしなかった。

 それではと言って、大きな部屋に戻りお茶を飲んでいた2人を交えて挨拶を交わした。

「こちらは、スライトリーさんとツインズさんです」

 今日は休みだがニブスさんと、トゥートルズさん含め登録されているのは五人。三人とも二百歳以上になるそうだ。9割以上の人が老化措置を受けるようになった第三世代。市への貢献も厚く街の名士と言ってもいい人たちだ。

「皆様のお名前は兼ねてから拝見させていただいてました。お目にかかれて光栄です」

「とんでもない、長く生きているだけです」カーリーさんはじめ三人とも人当たりがよく人生経験の豊富さが感じられた。人類が老化と戦っている姿を知っている世代で、当時の話は初めて聞くことばかり。誰の話も面白く話題は尽きなかった。とても語り尽くせるものでは無く自己紹介は明日に持ち越された。

「残念だけど今日はこのくらいにして、お話の続きはまた明日伺いましょう」

 火葬場へ通い数ヶ月かけてニブスさんやトゥートルズさんからもいろいろな話を聞いた。学校で習ったことも、実際に経験した人たちはまた違った見解を持っていた。ある日、カーリーさんに届け物を依頼された。

「三日前に事故があってデイビットさんの火葬を引き受けていたの。スライトリーさんといっしょに遺灰を届けてくれないかしら」

 それは私が別な要件で火葬場にいなかった間に持ち込まれた出来事らしい。もちろん断る理由は無くスライトリーさんに着いて配達に出た。

「少し遠いので車を使いましょう」

 位牌はスライトリーさんが両手で大事そうに抱えて運んだ。

「ご家族に届けるのですか?」

「そうです。ご遺族は喪に服しているので、私たちが代わりに届けます。今頃は知人同士で思い出話をしているでしょう。ところで、」スライトリーさんに火葬場を配属を希望した理由を聞かれた。

「言いたくなければいいんだけど、気になるといえば気になっちゃうし」とにこやかに笑うので、理由を説明した。サブロウのことは話さず、ただ家族の死ついて準備をしたいと話した。

「そう。いつか突然起こることかもしれないし、知っておくことは大切ね」と声をかけてもらった。

 車は目的地が近いことを告げる。いよいよ本当の死を見ることができるかも知れない。

 訪ねた先の家には庭に小規模だが花壇が設えてあった。ボットでは無く家の人が管理をしているのだろう。誰かはわからないが、その花壇からは丁寧で誠実な人柄が伝わってきた。

 来訪を告げる。扉の前から仲の様子はわからない。しばらくすると、男性が現れ中に招き入れられた。

 部屋には大勢の人が二、三人ずつ組みになって話していた。部屋の中央には春の花が活けられ故人の写真が飾ってあった。その脇へ位牌入った瓶を置いた。

 家族の方にお礼を言われ、自己紹介がてら故人の話を聞かせてくれた。デビットさんは生産セクションに所属していた。水資源の担当で海へ漁に出ている時事故にあったらしい。そんなことがあるのかと驚いた。知り合いやニュースでも海の上での死亡事故など聞いたことがなかった。

「作業は専用のボットがやるし危険な仕事では無いんだが、不注意で海に落ちたらしいんだ。網の引き上げを監視している時に、足を滑らせた海に落ち網に絡まって水中で身動きが取れなくなってしまったんだ。想定外の事故だったから発見が遅れてしまった。記録映像も見たが本当にただぼーっとしていたようだった」

 全く。全くと呟きうなだれている。話してくれたのは、デイビットさんの兄で、ご両親は奥の部屋で休んでいるらしい。お悔やみを伝えようと思ったが、ドアの向こうからすすり泣きが聞こえて来てとても声はかけられなかった。扉の向こうからは女性の声で何度も謝る声が聞こえた。

 私は死というものをうまく考えることはできていなかったみたいだ。

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