第34話閑話 ダッシュ君のある一日 中編
セルフィル=ハイブルク様
中等部二年だが身長は女子の低い子と同じぐらい。
だが金髪碧眼のその容姿は人を狂わせる。
と、かなり自信を持って悪魔本人が言っている。
実際に狂わせているのを見ているので間違いない。
そのセルフィル様に僕は捕まった。
ある日、父に四男兄さんと呼ばれてハイブルク家の三男セルフィル様には絶対に接触するなと言われた。
大人の世界で何かあったのは確かだが、寄り親の子息を無視しろと言われても上に命令されたら従わざるを得ないのが貴族に生まれた子供だ。
同じハイブルク家寄子の下級貴族の子供達で考えたのは、とにかくセルフィル様には近づかないという作戦にすらならないものだった。
でも、そのせいで自分の首が絞まるとは思わないよね。
ある日の朝、運悪くセルフィル様と目が合ってしまう。
生徒全員から距離を取られているのに、平気そうなその目は獲物を見つけたように見えて。
僕は全力で走って逃げた。
顔を背ければよかっただけなのに、怖くて逃げてしまったのだ。
でもそのせいで僕は完全にセルフィル様に目を付けられる。
「ふ~ん、中等部よりも広く感じるのは成長の分大きく作っているのかな?」
高等部の棟をスナオ君と名付けられた友達と、制服を着た偽美少女と歩いている。
美少女ではない偽だ。
13歳の男の子なのに女の子にしか見えなくても、スカートがやけに短くてチョロチョロ動くと太ももの奥が見えそうになってスナオ君や近くを通る高等部の先輩達が覗き込もうとしても、れっきとした男なのである。
「むう、ダッシュ君は魅了されませんね」
僕たち二人の先を歩いて教室を見たり、中庭を見たり忙しなかったセルフィル様が少し腰を突き出して人差し指を唇に当てて不満そうな顔で僕を見る。
もの凄く可愛いのだろう。
周囲から男性達のオォッ!と聞こえて、チッ!と女性の舌打ちが聞こえたような気がした。
まだ異性には夢を見たいのになぁ。
「中身を知っているのにどうすれば魅了されるんですか」
「スナオ君はメロメロですよ?」
「・・・どうか責任を取って優遇してあげてください」
隣のスナオ君の顔を見たくない。
城で魅了された文官さん達と同じ顔だったら、僕は友達としてどうすればいいのかわからないよ。
「初心な青年なら兄達以外は魅了できるはずなんですが。やはりダッシュ君は貴重ですね」
しまったっ!
セルフィル様に面白いものとして再認識されてしまう。
「はいっ!魅了されました!メロメロですっ。ですから僕に興味は無くなったでしょう!?」
「目に情欲が宿っていないので嘘ですね。これからもよろしくお願いします」
「おおおお・・・」
せっかく、せっかくの悪魔から逃げられる機会をふいにするするなんてっ。
授業は始まっているけど廊下や休憩用の部屋にはそれなりの人がいた。
マナーやダンスなどは家で習っている貴族は多いので、次期当主や婚約者がいる女性は授業を受けていない。
他にもダンスなどが必要がない三男以下の男子生徒達は職に就くために体を鍛えたりしている。
「あ~ダメですね。すでに習得していて必要がないなら、経済学や地理学などを学べば将来の領地拡大に役に立つというのに。ダッシュ君スナオ君、今怠けている生徒で知っている人だけでも覚えといてください」
自分に向けられる好奇の視線に笑顔で手を振りながら、その口からは何の感情も宿っていない言葉が僕達に命令として伝えられる。
わかる?スナオ君、この人はね、人をからかいながら中身は何を考えているかわからないんだよ。
特徴だけなら覚えられるんですが、名前が全然覚えられないんですよね~、とか言いながら小悪魔は歩いていく。
「どうして高等部にやって来たんですか」
スナオ君がセルフィル様に尋ねる。
少し真面目な雰囲気になっているのは女装の中身の怖さを少し知ったからだろう。
「ふむ、よく聞いてくれましたスナオ君。最近のダッシュ君は自分の心を守るために質問してくれなくなったので、僕から言わないといけなかったから大変ありがたいです。こたえられることにはこたえますから聞いてくださいね。まあそろそろ忙しくなりそうなので、その前に自分の婚約者の授業を受けている光景を見たかっただけです」
地味に僕を下げながらセルフィル様はこたえる。
「では女装はどうして?」
「これですか?ほら僕は背が低いですから、高等部にそのまま来るとすぐにバレちゃうじゃないですか、ですから同じ身長の子がいそうな女子に変装しました。まさか下着まで穿き替えさせられるとは思いもしませんでしたが。女性は毎日緊張感の中で暮らしているんですねぇ」
しみじみと聞きたくなかったことを言わないでほしい。
「変装しても目立ったら意味ないじゃないですか」
「そうなんですよね。この美貌が邪魔してしまうようで・・・。まあ真面目なグリエダさんは授業を受けているでしょうから、休み時間になる前に中等部に戻ればいいでしょう」
へこませようとしてもセルフィル様は全く堪えない。
だからスカートをひらひらさせないでください。
スナオ君お願いだから見ないで、友達を辞めたくなるから。
「そこの先輩、男装した格好良い女子生徒がどの授業を受けているか知りませんか♪」
「まって!僕達が聞きますから、これ以上性癖の被害を広めないでくださいっ」
友達の変貌に落ち込んでいるうちに偽小悪魔が近くのお茶をしている男子先輩に声を掛けていた。
止めて!たぶんその人らは次期当主の人達で婚約者いるから、魅了しちゃダメですっ。
セルフィル様の婚約者であらせられるグリエダ様はダンスの授業に参加されているとの情報をスナオ君が仕入れてきた。
「ふむふむ、やはりグリエダさんは男性パートだったんですね。これは僕が成長したら女性パートをしてもらわないと」
小悪魔が開いた扉から室内を目線だけ確保して覗いている。
ちゃんとしゃがめばいいのに、中腰でお尻を突き出してスカートを絶対境界線(本人が言っていた)ギリギリで維持しながらだ。
小悪魔に誘引された高等部の先輩達の視線から守るためにセルフィル様の後ろに立つことになる僕。
視線で殺されるくらいの威圧を送られるけど、城で仕事を処理している宰相様や迎え撃つ直前の騎士団長様、微笑まれているのに冷や汗と鳥肌と死ぬ寸前の感覚が収まらない王妃様に比べたら蚊に刺された程度にしか感じられない。
お願いだから君もそっち側で覗こうとしないでくれスナオ君。
「もう中に入って堂々と見ればよろしいんじゃないですか?グリエダ様も喜ばれるでしょうに」
セルフィル様の近くにいると言うことはアレスト女辺境伯の近くにいるのと同じことだ。
だからお話しもさせてもらっていて、名前で呼ぶことを許されている。
小悪魔が本当に限度を越えようとしたときに止めてくれるので、グリエダ様は本当に良い人だ。
だけどもっと早くに止めて欲しいというのは宰相様と同じ意見である。
「何を言っているんですか、ダッシュ君。こういうのはコソコソするからこそ楽しいんですよ。様式美がわかっていないとはお子様ですね」
「はいはい、女装に恥じらいが無いセルフィル様よりお子様ですよ」
「やっぱりツッコミがいてくれるとやりがいがあるなぁ。ボソ」
・・・はっ!こういう返しが僕を解放してくれない原因!?
「ほら見て下さいよ。僕の婚約者はモテモテですよね」
セルフィル様に誘導されて室内を見る。
中等部と変わらない、壁沿いに休憩用の椅子が置いてあるだけのダンス用の教室の中で、何組かの高等部の生徒が踊っていた。
中等部よりも洗練された動きは、基本ぐらいしかできない僕の目にも上手にみえる。
その中の一組は、銀髪で長い髪の男性に女生徒が寄り掛かっていた。
どうみても女性側はまともに踊ろうとしていない。
その意地でも寄り掛かってくる女性の動きを上手く流して、男性側は踊っている。
男性側はセルフィル様の婚約者のグリエダ様だ。
「魔性の辺境伯の本領発揮というところですかね。ただグリエダさんは女の子ですから愛人にもなれません。僕が刺される愛憎劇は嫌です」
「そこまで望んでいないと思いますが・・・」
「甘いですねダッシュ君は、人なんて簡単に愛に狂う生き物ですよ。君は稲光の中の廊下で女性に刺されないように気を付けて下さいね」
怖っ!
チラリとこちらを見るセルフィル様の顔が、お前はそうなる可能性あるからなと言っているようで怖すぎる。
「凄いなぁ。あんなにダンスしようとしてない相手でちゃんと踊りになっているよ」
いつの間にかスナオ君が一緒に教室内のグリエダ様を注視している。さっきまでの小悪魔のスカートに惑わされていたのとは違って凄いものを見ている目だった。
「おや?スナオ君は見て凄さがわかるのですか?」
「いや、そんなにはわからないですけど、相手の動きにズレなく動いて身体がぶつからないようにしていますよね。無理な時は腕で軽く引っ張って方向を変えたりして」
「ふむふむ、僕には全く分かりませんが、君は武官に向いているのかもしれませんね」
セルフィル様がじっとスナオ君の顔を見ている。
たまに人を見るときにする目だ。
「では城でグリエダさんに付き合ってもらいましょうか。生き残れたら騎士団に紹介状を書いてあげます。まあ騎士団長が見逃さないでしょうが」
「え?」
そして笑って流すか、地獄に叩き込む。
ごめんスナオ君、僕は助けられないよ。
だって、じゃあ友達だからと一緒に頑張ろうかとか言われたら怖いもん。
魔力もない僕が国家騎士団とグリエダ様の模擬戦闘の中に入れるわけがないじゃないか。
「おっと曲が終わりそうです。少し隠れましょうか」
「そうですね」
え?え?と混乱しているスナオ君を放置してセルフィル様に同意する。
中等部は曲無しだけど高等部は曲を弾く数名の演奏者がいて有名な曲を弾いていた。
「あれ?グリエダさんの組、止めてません?」
「そうですね」
あと少し曲は残っているのにグリエダ様はその手前で少し強引にダンスを終わらせている。
不満そうなパートナーの手を取って、その甲に軽く口づけを落として機嫌を取る姿は婚約破棄をやらかした第一王子よりも格好良かった。
そしてグリエダ様は女子生徒を壁際までエスコートしていく。
「・・・もしかすると僕は逃げるタイミングを逃したかな」
「そうですね」
「ダッシュ君は肯定していればいいと思っているでしょう」
「そうですね」
「てめぇ、城で覚えていろよ・・・」
聞こえません。
僕はわかっていましたよ。
だってあのグリエダ様ですよ。
僕達が覗いていることぐらい見始めた時には気づいていらっしゃるでしょうが。
そしてセルフィル様を逃すような人ではありません。
そしてそしてざまぁみろこの野郎。
「やあ、そんな可愛い恰好をして高等部に何をしに来たのかな?」
「うをっ!」
一瞬前まで教室の奥の壁の近くにおられたグリエダ様が僕たちの前にいた。
え、なんですか?風がブワッときましたよっ。
「あ~、その移動方法完全に習得されましたね」
「君が贈ってくれたドレスのおかげだね。不自由に学ぶこともあるとは貴重な体験だったよ」
見惚れる美男子の笑顔のまま、グリエダ様は中腰のセルフィル様の脇に手を入れて抱きあげる。
「いつか私を女性側で踊らせてくれるんだって?なら今は私が男性側で練習をしようか」
「え?どうしてそういうことに?」
教室内にセルフィル様が連れて行かれる。
「ハハハハ、女の子恰好をして男性パートは踊れないだろう。それに私は君が誘ってくれるまで女性パートで踊るつもりはないよ」
「イヤァー!変装が裏目にぃぃいっ!」
いつもセルフィル様を愛でているグリエダ様を見ている僕はこうなることはわかっていましたよ、ええ。
「グリエダ様、どうかセルフィル様をお願いします。僕達も授業を受けないといけないので」
「任されたよ。ダッシュ君には苦労をかけるね。教師に何か言われたら私の名を出してくれて構わないよ」
「ありがとうございます」
グリエダ様は小悪魔と違って下の者にも気を使ってくれるから嬉しくなってしまう。
「ダッシュ君!君は僕を見捨てるつもりかっ!」
「ハハハ、婚約者のグリエダ様にお任せできるなら僕たちはいらないじゃないですか」
あー、少しの間だけど気が休まるよ。
よしっ!マナーの授業に出て甘い物でも食べようかな。
「くっ、誰がそんな満面の笑みを浮かべるダッシュ君を行かせるものか!女子の先輩方ぁー!そこの二人はハイブルク家どころか宰相と騎士団長にも将来有望と言われている逸材です。婿にするのも良し、将来を期待するのも良しですよっ」
「なぁっ!?」
小悪魔の発言で教室でダンスをしていた女性陣の目がギラリと光ったような気がした。
「あら、せっかく高等部に来られたのですから、少し付き合ってくださいませんか?」
(絶対に逃がさないわよ)
「そうね。次は私のダンスの番なのですけど相手が決まっていなくて、そちらのお方お願いできます?」
(そっちの体格がいい子は貰ったわ!)
「私、まだあまり上手ではなくてお相手よろしいですか」
(女に恥をかかせないわよね)
なぜだろう、言葉が二重に聞こえているんだけど。
「そちらの男の子は知らないが、私の婚約者のセルフィルが連れて来たからには将来有望だと思うよ」
グリエダ様ぁー!
その言い方はスナオ君が獲物になりますっ。
ほら、震えてもう逃げられなくなって、見捨てられない僕も走って逃げられなくなったじゃないですか。
ああ、もう退路も塞がれてしまった・・・。
「はっ!僕を見捨てた罰だよ。おとなしくお姉様達のおもちゃになるんだね。グリエダさんこの姿で踊るとスカートの中が見えそうなんですが」
「君は本当に男の子だよね?たまに不安になるんだが」
二人はイチャイチャしながら教室の中央に向かう。
教室に押し込まれて扉を閉められた僕らは震えるしかできない。
「な、なあダッシュ俺達助かるよな」
「君まで僕をダッシュと呼ばないでくれよ」
まあすでに心の中でスナオ君と呼んでいる僕も大概だけどさ。
ーーーーーーーー
ご機嫌覇王様「女の子のセルフィルも可愛いなぁ」
ヤバいのショタ「まって!激しいダンスは見えちゃうのぉ!」
ダッシュ&スナオ「ガクガクブルブル」
歳上お姉様ズ「大丈夫よ~、優しくするわよ~」
・・・(;・ω・)
プイッ(´・ω・`)
二章を考えながら書いていたら中編になっていましたΣ(-∀-;)
筆者にもよくわかんないの(;´д`)
ショタの中身はレースの白です( ´∀`)ガーターも装着してますよ。
勧めたメイド達はおかしいけど断れショタよ(;・∀・)
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