第32話追加話 ねぇ逃さないよ
少しずつ暑い季節になろうとしているのにその廊下は少し肌寒かった。
それもそのはず、窓は換気の為の小さいものが通常よりも数が少なく設置されているせいで薄暗くて空気が冷えているのだ。
石を積んで作られた壁は暗い通路の熱を奪い取っていく。
湿気がないぶん大分マシだろうか。
そんな廊下を二人で歩いている。
俺の前には少しくたびれた白の神官服を着た中年の男性が歩いていた。
彼は案内役で、王城の次に複雑なこの建物の中を何の迷いも無く道案内してくれる。
数度同じようにしか見えない角を曲がると通路の奥に重厚な、だが飾りの無い扉があり、その前には年配の修道女とがっしりとした体格の神官が立っていた。
案内してくれた神官が二人に話しかける。
二人は彼にかしこまった態度を取るが、服装を見る限り位階では彼らの方が上にしかみえない。
「どうぞ、お話が終わったら扉を五回叩いてお声がけください。要望通りにお一人で入られることは許可されましたが、身の保障については教会は関知しません」
「僕の強引なお願いをお受け下さりありがとうございます」
扉につけられた二つの錠前を扉の前にいた二人が開けている間に、案内役の彼が事前に聞いた事をもう一度説明してくれる。
その容貌には頭が下がるような風格があった。
「万が一何かあった時には叫んでください。並の物音では私達は一切開けませんし、開ける際も先ほどご覧になれたように、すぐに扉を開くことはありません。貴方様の声と合図の叩き方で無い限り、扉は開きません」
扉が開く前に修道女が確認で教えてくれた。
ギッと重苦しい音を立てながら扉を神官が開けていく。
「少し前までは大人しかったのですが、最近は荒れておられます。お気を付けてください」
それはもう少し前に教えてもらいたかったよ神官さん。
半分まで開いたところで促されたので間からするりと室内に入る。
扉の中はこの世界ではそこそこ上の貴族の使用人部屋ぐらいの広さと綺麗さの部屋で、机一式とベッドと鉄格子が嵌められた窓が一つ。
そのベッドに一人の女が爪を噛みながら座っていた。
「やあ聖女様っ!卒業パーティー以来だね」
よほど自分の殻に閉じこもっていたのか、俺が部屋に入ったことも気づいていなかったようなので明るく声を掛けてみる。
「・・・あ、あんたぁっ!」
「おっと」
声を掛けられてようやく俺を見た聖女様は、虚ろだった眼に意志を灯すと飛びかかってきた。
それをさっと避ける。
甘い。ハイブルク家の使用人達から十分は逃げ切れるのは伊達じゃないのだっ!ただ十分後には逃亡罪という罪が増えて捕まることになるのだが、感情まかせの女のタックルくらい余裕で躱せるのよ。
勢いが付いていた聖女は俺が入ってきた扉にぶつかった。床で悶絶する姿を尻目に、たった一つだけ机と一緒にある椅子を聖女の方に向けて座った。
「さて日に日に待遇が悪くなっていく聖女様。あなたを助けてあげた僕が君の現状を教えに来たよ」
「は?はぁっ、何言ってんのよっ!さっさと私を外に出しなさいよっ」
「う~ん、さすがあんなことをやらかしただけはあるなぁ。聞く気ゼロで自分のお願いは全部通ると思っているって、僕には全然わからない考えだ」
肩を痛めたのか押さえながら、よろよろ起き上がりながらもクソ生意気な発言をする聖女。
王城監禁中に王妃様に聖女に面談できるようにおねだりした。
即席事務貴族(奴隷貴族)を作る方法かオモチャ(ぐおう)の遊び方十個のどちらかを交換条件にしたら、悩む王妃様に宰相が泣きついたのは面白かった。
あれで宰相は王妃様に逆らえなくなるだろう。
こっそり別に遊び方も教えてあげた。権力には媚を売っておかないとね。
そしてようやく教会からの許可が下りて、今日聖女に会いに来たのだ。
「まあ落ち着いて話を聞きませんか?僕に何かしてもこの部屋からは出られませんし、待遇はさらに悪くなるだけなので」
もう一度俺を掴まえようと構えたので、何をしても聖女の希望は叶えられないのを教える。
「あなたが成り上がるための道具だった男達の結末を知りたくありませんか?」
「・・・言いなさい」
そりゃ聞きたいはずだよね。
だって救ってくれる王子様達が何日もやって来ないせいでおかしくなりそうだったのだから。
椅子は俺が占領したのでベッドを示して座ってもらった。
長い話になるかは彼女次第だが、立たれたままだと首がしんどいので。
「さて何から話しますかね。僕もあなたにお聞きしたいことがありますが、まあ王子達の結末から教えましょうか。気になられているでしょうから」
婚約破棄の話から始めたらまた襲い掛かられそうだから、最初にその心をへし折ろうか。
「まずあなたを愛してくれた五人の内、四人はもうこの世にはいません」
「嘘よっ!」
ん~、どうして即否定されるのかな?
「だってマストがダレウスとエリオを連れて来て、私を王妃にしてくれるって約束してくれたものっ。そのためにダレウスの手も、毎日魔法を使わされて疲れているのに回復してあげたのよっ」
あ、騎士団長の息子だった奴はダレウスって言うのか。じゃあエリオは宰相の息子か?いまさらながら知ったね。たぶん数秒後には忘れるけど。・・・うん記憶にないな。
マストは元大司教だったアメント司祭の息子だ。
こちらは教会に来たときに教えてもらったので、もう少しは記憶しているだろう。教会を出るぐらいまでは。
しょうがない少し説明してあげようか。夜会での出来事は知らされていないだろうから、ずっと不安でおかしくなりそうだったのだろうし。
まあ王子を誑かして成り上がろうとする、雑なことしかできないお馬鹿だからな。
「二人が何を言ったのかは知りませんが、王子は貴方を側室にしようとしていましたよ。国を混乱の渦にしてまで次代の王になろうとして失敗しましたが、何人かに聞いたので間違いないです」
あれ?さらに混乱している顔に。
「そのダ、ダ騎士団長の息子ですが家族が責任を持って処理したそうで、宰相の息子もですね。処理というのはまあ地獄にでも落ちたという意味です」
ちゃんとハイブルクの方でも調べたので確定だ。
「は?」
唖然とする聖女様。
理解できないのかな?
「教会預かりになっている聖女様の逃亡の手助けをしようとしたのですよ。ただでさえ王子を止められなかった側近が自宅謹慎で沙汰を待つ身でそんなことしたら、処刑しかないじゃないですか」
もう少し現実を見ましょうよ聖女様。
「わかっています?あなた達は婚約破棄でセイレム公爵家に王に弓を引かせようとしたのですよ。生かしてもらえるだけでも凄い温情なのに、それをわかっていないで再び国を亡国にしかねないことをすればどうなるかぐらいわかりますよね。ねえ傾国の女になりかけた聖女様」
わからないよね、わからないからこその現在の状況なのに。
「わ、私は聖女なのよっ!王妃にならなきゃおかしいじゃないっ」
「本当にわかっていないか・・・。貴方の聖女という称号は役に立つ回復魔法が使えるからというだけの教会が安全保障してくれるただの称号です。そこには国に関わる様な権力はありませんよ」
「回復の奇跡が使え」
「奇跡ではありません。さっきご自分で言われたじゃないですか魔法だと。ただ回復魔法を使える者は貴重ですから国を跨いで保護できる教会が人に悪用されないようにしているだけです。ここに来るまでに聞きましたが、貴方はそのことを教えてもらっているのに自分は聖女だからと横暴なふるまいをしていたそうですね。甘やかしすぎたと嘆いていられましたよ」
う~ん、お茶が欲しい、あと饅頭。
魔法使いは希少で回復魔法を使える者はさらに少ない。
だが国に一人か二人はいるのだ。
醜い権力争いに巻き込まれないために教会が聖女として保護しているだけらしい。結構まともな教会に驚きのショタでした。
「王妃が贅沢だけできる存在と思っていましたか?そんなことありませんからね。ねえ、たいした力も無い、聖女の称号に縋りついていたマリルさん」
これもさっき聞いたのだが彼女の聖女の称号は、王妃様から剥奪の要望が教会に届けられているらしい。
今の大司教が厳しかったらそう遠くないうちに彼女は教会から見捨てられることになる。
以前と変わらない飼い殺しだけど、容赦は無くなるのだろう。
それを伝えるのは俺ではないので教えてやらない。
話がズレてきているな。本当前世の頃から饒舌になると話が違う方向に行ってしまう。
修正修正。
「貴方が王妃になるための助けはもう来ません。本当の王子様は廃嫡、去勢して婚約破棄の時とは違う公爵令嬢と結婚した後に毒杯を賜るそうですよ」
・・・うん、いい絶望の顔だ。
それを見るためだけでもお話しに来た甲斐はあるよ。
俺はあの夜会で、グリエダさんを害する連中を泥沼の地獄に沈める決意をした。
そこには騎士団長の息子の手を治した聖女とその手助けをした元大司教の息子マストが含まれている。
「マストも目と耳を潰され鼻を削がれ全ての指を切り落とされてから処刑されたそうです。あとあなたが誑し込んだ他の神官達は惑わされないように耳を潰されてから一番下の地位まで落とされたそうですよ」
怖いね宗教。
長い名前でいまだ覚えていないけど、聖職者が罪を犯した場合はかなり厳しい刑罰が与えられるそうな。信者には緩いが、それはその国の法に任せるスタンスらしい。
宗教として存続させるための措置なんだと。
何となくだが創始者は現代日本の転生者だと思う。
権力よりも存続なんて日本人らしい考えだ。
『日本語がわかるかなお嬢さん?』
久しぶりの日本語は変な発音になってしまった。
自分がいる教会が恐ろしいところと知って青褪めていた聖女が反応する。
『あ、あんた転生者なのね!』
『う~ん、ありがちなパターンだったからそうかもと思っていたが、大当たりとはな』
ネットで見ていたありがちな逆ハーだから転生したバカかなと思っていたら、本当に転生者だったみたい。
『俺も転生者だけど、どうして逆ハーなんてしたんだい?大体はざまぁされて終わるじゃないか』
『助けなさいよっ!同じ日本人なら私をこんな風にした責任を取りなさいよっ』
あ、ダメだ。
この女は超自分本位なだけのおバカさんだったか。
どうせロクでもない人生で全部人のせいにして死んで、生き返ったらチート持ちで聖女になってヤッホウ!目指せ自分勝手贅沢だったのだろう。
前世のオッサンの苦手なタイプです。
オッサンは草原で布団を敷いてふて寝を決め込みましたよ。
こういうタイプは死んでも反省しないし、全く人の言う事を聞かないから精神的に地獄に落とせない。俺の長々としたお話は全部無駄だった可能性がある。
こう、どうしてこんなことしたんだっ!だって実際にざまぁする奴が現れるなんてありえないじゃない!とかしたかったのにな~。
もういいや、自業自得で地獄に勝手に行って・・・あ、まだまだあるな絶望させる方法。
『どうして俺が助けないといけないんだ?』
『はあ?同じ日本人なら助けないといけないでしょうがっ』
『俺はお前のことなんて知らない。前世が同じ日本人なだけで罪人を助けるメリットはないんだよ』
『私が困っているのよっ』
『だからお前は誰なんだよ。あ~あ、無駄な時間を費やしたな』
肩をすくめたら飛びかかってきたから、さっと避ける。
こういう輩は感情を揺さぶると予想通りに動くから読むのは簡単だ。
残った椅子にぶつかって壊して悶絶している。
『俺にはお前を助ける必要性は感じない。王子と側近のことを聞いても悲しまないで恐怖しか感じていない奴は、死ぬまで道具として生きてくれ』
扉の前に移動して五回ノックして合図を送った。
『ああ、ひとつ教えてやろう』
開くまでの少しの時間で自分本位な彼女を地獄に堕としてやる。
『魔法使いは魔力を外に出して消費している。毎回毎回疲労するまで使用するというのは無理に何かを消費して魔力を生成していることになるんだが、なにを消費していると思う?』
椅子の破片で傷ついた身体を回復魔法で治しているね。
『おそらくその人自身が持つ命だ。戦争時に魔法使いが多く死んでいるが戦死じゃない、殆どが年齢よりも少し老いたように見える容姿で亡くなっていたそうだ』
限界を超えて動けばなんでも寿命は短くなるものだ。
戦争で余力なんてなかっただろう魔法使いは老衰に近い形で亡くなっている。いろんな書物を調べて、戦争経験者のロンブル翁達に聞いた上での俺の結論だがおそらく間違ってはいない。
まだ公表されていないということは国の上層部が隠しているか、原因がわかっていないのだろう。だって魔力はこんこんと身体から溢れるものと世間では思われているし。
代償が無い力なんてないのにね。
逆に内部で消費する魔力使いは寿命が延びている。細胞をほんの少しだが回復させているのかもしれないが、魔力操作が天才的に上手くなければ殆ど誤差の範囲だと思う。
今のところ身近にロンブル翁しかいないからわからない。
あのジジイいったい何時まで生きるつもりだ?
『貴方はあと何年頑張れるか。今後の魔法使いの為になるので途中で自死なんて選ばないでくれよ』
教会はあなたのせいで何人もの神官が潰されました。
俺をここに連れてきたのはマストの父親のアメント元大司教だ。
そして今、聖女の周囲は潰された神官達に近しい者で固められているらしい。
「聖女様、どうかそのお力で罪の分、救い続けて本当の聖女になってください」
扉が開き始めると同時に聖女に頭を下げる。
大丈夫、帰りの廊下でアメント元大司教に少し今の事をお喋りするだけだ。
どう考えてくれるかは教会に任せよう。
廊下に出て閉まっていく扉の間から絶望する悲鳴が上がった。
それでもああいうタイプは自分から死ぬことはしない。
死ぬまで俺を一番恨み続けるだろう。
嫌な気分に・・・別になりませんっ!
恨むだけなら害なんてないから気にならないよ。でもいつ死んだかぐらいは教えてもらえるようにしないと、貴重な実験になりそうだからね。
「お帰り。聖女との逢瀬は楽しかったかい?」
俺から楽しい事を聞いて、見たくない類の笑みを浮かべるアメント元大司教に教会の応接室まで送り届けてもらったら、少し不機嫌そうなグリエダさんがいらっしゃいました。
あれ、どうしてここにおられるのですか?
今日は所用で少し遅れて学園に行くので一緒には行けないとウチの使用人を向かわせましたよね。
「君のメイドのセイトだったかな?彼女が君の断りの連絡のすぐあとにやって来て、教会に向かったから迎えに行って欲しいと伝えてきてね」
セイトオォォォオッ!
あの変態メイド何やってんのっ!
ちょっと裏取引もあるからグリエダさんには伏せてたのに!
主を売る家臣があるかっ。
「まずここに座ろうか」
「・・・はい」
GSゴールデンスマッシュを唸らせた時より怖い気配をさせているのは気のせいでしょう。
大人しく指定された覇王様のすぐ横に座る。
なぜ腕を肩に回して密着させるのでしょうか?ここは教会ですよ?
「大丈夫だ。君を連れてきた男がしばらくこの部屋の近くには誰も来させないようにしてくれるらしい」
「アメント元大司教-っ!」
これはあれかっ!ちょっとした嫌がらせだなっ。宰相といい、じゅうさんさいショタに嫌がらせをしやがってっ。
お前絶対に教会内の権力を保持しているだろう!会う神官達みんな頭を下げたから絶対だ!
「さて聖女とどんなお話をしたのか、納得する説明をしなかったら襲うよ」
「なにそれっ!?僕、子供だよーっ!」
ようやく残っていたゴミを掃除したら、口先だけの威を借るショタの前にはその威の覇王様が真のボスとして立ちふさがってきたよ。
襲うのは冗談だったらしいけど、必死に言い訳をするショタを見て覇王様は楽しんだらしい。もう婚約者をからかうなんてひどすぎですっ。
・・・本当に襲うのは冗談だったんですよね?
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変態三人メイド「主の幸せのためには主を裏切りますっ」
満足覇王様「襲うと言ったほうがいいと教えてくれたよ」
キレショタ「クビだぁぁあ!」
最後の一人、性女さまを泥沼地獄に落としたショタです(*´∇`*)
その後、覇王様のアリ地獄にはまりましたが(;・ω・)
これでようやく覇王様を落ち込ませた連中は処理できました\(^o^)/
ここまできて名前が出た息子達・・・ただし死亡したのでもう出ません(-_-;)
商人はとうとう名前出なかったかなー。
教会は平民にはけっこう人気があります。無理な寄付などはしない神官職達には厳しい罰が下るまともな宗教です。(まとも?)
性女は超自分本位なクズと思ってください。全ては思い通りになると思っているバカ。
現代日本ならそれでも生きていけますが、転生先は容赦なく殺される中世レベルの世界では守ってくれる法がないことに気がついていません。
セルフィルは同じ日本人ぐらいで同情しません。しょせん他人です。
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