第8話グリエダさんも女の子(強者の余裕あり)
「今日はいかがなさいますか」
「ん、いつも通りでいい」
私が生まれたときから傍にいてくれている中年の侍女に、少し考えたものの途中で面倒臭くなって、考え続けることを放棄して答えた。
目の前の姿見には湯浴み上がりにガウン一枚羽織った自分の身体がうつっている。
下にはレースでふんだんに彩られた下着を身に付けていた。
昔、無地の白でいいと言ったら私のお付きの侍女は年頃の女性がなんと情けないと怒ったのは困った。
でも最近は長身の私にも似合いそうな可愛い下着を侍女は用意するので不満はない。
以前は着飾る同年代の女の子のことがわからなかったが、一度着用してみれば昔に戻れなくなったので、私も女性なんだなと考えさせられた。
「婚約者と劇場に行くのに普段着とは・・・」
「なんだ、いけないのか?」
侍女が額に指を当てて唸る。
午後から婚約者のセルフィル君と劇場に舞台を見に行くことになっているので、一度屋敷に戻った。
軽く湯を浴びて新しい服に着替えてから彼を迎えに行こうと考えていたのだが、私の侍女は不満らしい。
「ここは辺境伯領ではございません、王都なのですよ。貴族の女性は着飾り男性にエスコートしてもらうのが常識です。男性の恰好ではなくドレスをお召しになったほうがセルフィル様も喜ばれるでしょう」
「うむむ・・・」
この侍女は私が王都に行くことになった時にも少しも迷いなく付いてくること願い出てくれた、信頼できる臣下だ。
私を自分の中心に置いて生きるのが我が人生と言い切るぐらいで、結婚相手が出来たことを伝えたら滂沱の涙を流したぐらい。
シャツにズボンを好む私に昔から苦言を呈し続けてきた猛者もさだったが、セルフィル君が婚約者になってからは何かにつけてスカートやドレスを着せようとしてくる。
正直面倒臭い。
男性の恰好をするのは動きやすく乗馬に適しているからである。さすがにスカートでは戦いにくい。下着を見られるようなへまはしない。自分が乙女だという自覚ぐらいはあるのだ。
馬車でゆっくり移動というのも好みではない。
利便性を選んだ結果が男性服なのだ。
「いつも通りでいい。いや、普段よりはいいやつにしてくれ」
「はぁ、かしこまりました」
呆れたようなため息をつく侍女。
その後ろに控えていた数名もガッカリしていた。
辺境伯家は上下関係が緩いが、そのようにあからさまに当主に対して感情を出すのはさすがに問題だと思うぞ。
「ああ、ブラジャーはいつもよりゆったり目で柔らかいものに変えてくれ」
コルセットは着用していなかったので昔は胸を布で押さえつけていたのだが、数年前からブラジャーというものが出てきて着替えが楽になった。
未だ成長中の私の身体にはコルセットも布当てもきつかったので、ブラジャーを開発した者には本当に感謝している。
侍女は私の注文に眉間にしわを寄せたが、言われた通りに着替えさせてくれた。
「せめて化粧はしっかりしていってください」
そのぶんいつもは薄くしかしない化粧を普段の数倍かかって施され、髪も梳かれて先端の方で可愛らしくリボンで纏められた。
編み込んだ方が楽なのだが侍女達の勢いに押されて渋々了承。当主といっても小娘でしかない私は年上の臣下達にはまだまだ強く出られないのである。
愛馬の白王に跨り王都の街並みの中を移動していく。
貴族の屋敷が多い区域であるが平民も普通に歩いている。貴族が行動する朝昼夕方の時間帯は少ないがそれ以外は彼らの街なのだ。
特例で十歳にして辺境伯になった私でも王立の学園には通わなければならなかった。順序が逆になったが、学園を卒業してようやく正式な辺境伯になるのというが私の現状だ。
魔力使いの私は国内でも有数の兵力である辺境伯軍の中にあっても強かった。小さい頃は負けることもあったが、成長するにつれて父以外には敗北することは無くなった。
その父が負傷したため代わりに私が軍を率いて平原の騎馬民族を撃退し、爵位を継承することになった。
父はこれで自由だ!と辺境伯をしていた時よりも元気に軍を率いていて遊んでいるらしい。
伝聞なのは私が爵位を継承するために王都に来てから故郷の辺境伯領に戻っていないからだ。
たまに父がもの凄く嫌そうな顔で王都に向かっていたのは見たことがあるが、貴族同士の付き合いが面倒臭かったのだろう。
「それを子供の私に全て任せる父は鬼だな」
思わず口に出るくらい父をぶん殴りたい。
一応臣下が補佐をしてくれているが、側妃の実家には交易でやられたりと失敗ばかりだ。
愚王が私を欲しがったりしなければ目を付けられることもなかったのにと思う。
信頼できる臣下がいるから寂しくは無かったが、王都に来てから私には癒しが無かった。
故郷では野良の子猫や子犬を飼っていたのにそれも出来ず。
年頃だと婚約者をと毎日のように釣書が届く。
開いて見てみれば、数代前の王の血を引く子爵の四男だの、王国が出来たころからある由緒正しい侯爵の次男だの、殆どが先祖の功績しか自慢するものがないような連中。
早く卒業して故郷に帰りたかった。
結婚相手などいらない。親戚から養子でももらえばいい。私は貴族というものになんの期待も抱かなくなくなっていた。
それが変化したのは今年の学園の卒業パーティーだ。
辺境伯である私は高等部一年でも参加せざるをえなかった。
何も成しえていない子供たちの家の自慢話、家を継げない者達がどこかに仕えるために必死にアピールしている。
大体の女性陣は嫁ぎ先が決まっているのかこれが最後とばかりに楽しみ、爵位を継げる男達は一夜限りの遊びを楽しもうとしていた。
男性の恰好をした私にも声を掛けてきた男もいる。
全員握手をしたら痛みで逃げ出したが。
大体中頃までいれば義務は果たしたことになるのでそろそろ帰宅しようと考えていたら、第一王子の婚約破棄が始まった。
婚約者のセイレム公爵令嬢がいなければ、王妃が産んだ幼い第二王女にすら劣る男だと誰でも知っている第一王子の、稚拙な断罪の内容。
助ける気は無かった。
王子を含め聖女と言われる女、側近、証言した連中、全員が後でセイレム公爵から報復を受けるのがわかっていたから。
そんな王子達の独壇場を破壊する人物がいた。
サラサラの金髪、透き通った碧眼、どう見ても子供にしか見えない体格の少年がセイレム公爵令嬢の隣に立ち、臆することなく王子達に発言する。
会場の雰囲気は全て彼、ハイブルク公爵家三男セルフィル=ハイブルクによって塗り替えられた。
そしてこれ以上会場にいると王子達が強引な行動に出て危害が加えられる可能性があるセイレム公爵令嬢を、彼は逃そうとする。
そのとき護衛する役目を私は進んで請け負った。
彼と目が合ったのはその時が初めてだった。
可愛らしい容姿なのにその目には父にも負けない深みがあった。まるで歴戦の戦士のような経験を持っているかのように感じられた。
そのあとは託されたセイレム公爵令嬢を外まで連れて行った。
途中、王子の直属の臣下らしき者たちが数人阻んできたが、全員殴り倒した。
セイレム公爵の寄子の誰かが先に向かって準備していたのだろう、正面玄関前には既にセイレム家の家紋が付いた馬車が着いていた。
騎士も数名ついているので自分の役目はここまでと判断する。
「アレスト女辺境伯、感謝いたします」
「おや、私の事を知っておられるのですね」
「父に絶対に敵対してはならぬと厳命されましたので」
アレスト女辺境伯は私の母だと勘違いしている同年代の者は多い。私の事は年齢から代理だと思っているのだ。
「お礼は後に・・・」
「では一つ教えていただけますか」
「?教えられることなら」
私は彼と目が合った時に決めた。
「彼、セルフィル=ハイブルクに婚約者はいるのでしょうか?」
そのあとは運が良かったのだろう。
セルフィル君は愚王に目を付けられまともな婚約も出来ない状況に追いやられていた。
私との婚約を提案したその場で頷いてくれるとは思わなかったけど。
彼は気づいていなかったが、あの時の私は緊張していっぱいいっぱいだったのだ。
「あっ、グリエダさーんっ!」
思い出に浸っているうちにハイブルク家の屋敷に到着していた。
愛馬の白王は賢く主人の私を彼の元に送ってくれたらしい。
「今日は僕の方が先に待ってましたよ。さあ白王、今朝は残念な結果に終わったが半日もすれば男は成長するものっ。でも少し屈んでほしいかな」
太陽の日差しに金髪を輝かせ、その綺麗な碧眼をもっと輝かせて婚約者は手を振って私を出迎えてくれた。
もちろん半日で成長することは無く、数回挑戦して私が白王に乗せてあげることに。
少し屈んでくれた白王が申し訳なさそうな顔をしているが大丈夫だ。この可愛い婚約者を乗せる役目は楽しいのだから。
「柔らか、いかん。いつもより大きく見えるなと思ったけどブラ変えたのかな?え、グリエダさんもっと大きいの?すげえ、属性どれだけ付加されるの?」
ふむ、侍女よ私の選択は正しかったぞ。
よくわからない言葉を小さい声で呟いているのが丸聞こえ、しかし喜んではいるようだ。
私が一目惚れした可愛い婚約者は今日も楽しそうでなによりである。
ーーーーーーーー
セルフィル「ふぬっ!ふぬぬっ!」
グリエダ「何度見ても可愛いなぁ」
白王「ブルルッ(これ以上はかがめないよ坊主)」
男前グリエダさんの心情でした( ´∀`)
覇王なので自分の勘を信じています。
この子が自分の伴侶だっ!と思いましたし、二人乗りで後頭部に当たるのが好きだろうと予想しています(*´∀`)
ブラジャーはセルフィルです。コルセットなんぞするより健康的に痩せろ!で前公爵夫人(巨乳)に提案しました( ´∀`)
一応補足で、セルフィルは前世おっさんの記憶もありますがショタの体にも精神がかなり引っ張られているので真剣じゃないときの行動がお子様になります。
こういうのを書くのは難しいです( ̄▽ ̄;)
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