アンラッキー7の不運な一日

千石綾子

アンラッキー7の不運な一日

「朝からずっとついてない日だよ、今日は」


 ドーナツを頬張りながら、刑事のジョンは大きくため息をついた。


「お前にしちゃ随分悲観的だな。何があったんだ?」


 コーヒーを飲みながら相棒のルディが心配そうに顔を覗き込む。その視線を感じながら、彼は芝居がかった仕草で、今日体験した7つのアンラッキーな出来事を話した。


 目が覚めて朝食を食べ、シャワーを浴びて部屋を出るまではいつもと変わらない朝だった。

 しかし駐車場へ行く間、車のカギをくるくると指で回して歩いていると、カギが指からすっぽ抜けた。


「あっ」


 不幸のまずは一つ目。カギはそのまま近くの排水溝に落ちてしまった。仕方なく警察署しょくばまでは歩いていくことにする。そもそも歩いて行ける距離なのだ。彼は最近少し出てきた腹を撫でた。


 二つ目は立ち寄ったいつものダイナーで起きた。モーニングセットを頼み、いつものように目玉焼きにコショウを振りかけようとした。すると何という事だろう。コショウのふたが外れて、目の前の皿はコショウの山になった。

 たまらずくしゃみを連発する。くしゃみで舞い上がったコショウで、彼の両隣の男たちまでくしゃみが止まらない。犠牲になったモーニングセットは、店のオヤジの好意で新しく作り直してもらえた。しかし周りの目が異様に冷たく、彼はかき込むように食べると、早々にダイナーを後にした。


 署に着くまでに3㎞ほど歩いた。ジョンのフロアは5階だ。エレベーターに乗ろうと思ったら、何と「点検中」の札が。聞けば予定が早まったらしい。本来は翌日の、彼の休みの日に行われるはずだった。これでアンラッキーは三つ目だった。運動になるとはいえ、5階までの登りはキツい。着いた頃にはヨレヨレになっていた。最近運動不足だった身体には応えたようだ。


 ようやく5階についた。そして四つ目。着いてすぐスナックとコーヒーを買おうとそれぞれコインを入れる。すると今度はコーヒーの販売機がおかしい。コインを入れボタンを押すと、何もない所にコーヒーが流れ出てきて、すっかり出た後に空のカップが定位置に鎮座した。彼は思わず自販機にケリを入れていた。


 今日ジョンは午後から遠出する予定になっていた。久々のことで、電車の改札の場所なども忘れそうになっていた。するとこれで五つ目。乗り場を間違えて反対方向の電車に乗ってしまった。気付いてから、乗るはずだった電車とすれ違った。往生際悪く手を振ったが、その電車は無情にも行ってしまった。


 電車に乗り間違えたせいで、結局飛行機に乗り遅れた。これで六つ目。これは痛かった。結局出掛けるのは諦めた。


 七つ目は本当に冷や汗ものだった。飛行機の事でむしゃくしゃしていたので、ビールでも買って飲もうと思いコンビニに入ったジョン。しかし待たせてたタクシーにうっかり財布を忘れてしまっていた。取りに戻ろうと店を出た瞬間、店の中の、彼が立っていた辺りに車が突っ込んできた。


 そこまで聞いて、ルディは少し考えて言った。


「最後はとりあえずラッキーだったんじゃないか? 財布を忘れなかったらその車に衝突されていたかもしれないじゃないか」


 目からうろこというのはこういう事なんだろうか、とジョンは感心した。


「なるほど確かに」

「幸と不幸は表裏一体ってもんだと俺は思うよ」


 ルディはコーヒーを飲み干し口角を上げた。


***


 彼のこの言葉をジョンは今しみじみと噛みしめている。


 その後分かったことだが、ジョンには犯罪者から懸賞金がかけられていたらしい。金目当てで彼を殺そうとしていた殺し屋が大勢いたようだが、全てルディの捜査で逮捕され、危険物は押収された。


 捕まった7人の男たちは悔しそうに、口々にこう供述している。


「あいつの勘には敵わない。車のブレーキに細工をしたんだが、何かを察したらしくて乗らずに歩いて行っちまった」

「俺は狙撃しようとダイナーの開いた窓から狙っていたんだが、撃つ度にくしゃみをする振りをしてけやがった。とんでもない奴だ」

「エレベーターに遠隔操作機能を付けて、あいつが乗ったときに落としてやるつもりだったのに、なんで点検日が変わってしまったんだ。全てお見通しってことなのか!」

「コーヒーに毒を入れてやったのに、全部こぼれてしまったんだ。機械の不具合があの時だけ起きるなんて、どういうことだ」

「電車の中で刺してやろうかと思ったら何故か反対側の車両に……余裕で手まで振っていやがった。呆然と見送ったよ」

「飛行機に爆弾をしかけたのに、奴は乗らなかった。どうしてバレたんだ……!」

「確実に轢けると思ったのに、急に出て行ってしまってな。あいつは一体何者なんだ」


 幸い全て未遂で終わり、無関係な犠牲者も出なかった。不運と嘆いていたが、実は彼は7つもの奇跡を起こしていたのだった。

 これにあやかって、以後ジョンは得意げに「アンラッキー7」の愛称を名乗っているという。 

 

                      

                  了


(お題:アンラッキー7)


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