殺戮勇者は容赦しない。「ラッキーセブンな転生者」

文字塚

第1話 アンラッキー7

「七は俺にとって幸運の数字。俺の能力は七が出ることで真の力を発揮する。分かるか?」


 転生者に問われ、深緑の外套をまとった男はなるほどと頷いていた。

 確かにこの手の能力者は今までもいた。

 ガキの頃から奴らのことはよく知っている。

 珍しいかと問われたら、そこそこ珍しいかもと答えるだろう。


 見晴らしのいい平原で、男が二人向かい合っている。

 深緑の外套をまとう者と対峙する転生者は、ダメージジーンズに白いシャツを羽織り、ボタンはだらしなく留めてもいない。年は二十代後半、三十前後と言ったところか。


「九百九十九のうち、一体いくつ七があると思う?」


 転生者に問われ、男は少し考える。

 七十台と七百台を除けば、それぞれ一つ。

 七十台と七百台には全て七が存在し、七百七十台なら常に二つ。またそれぞれ七十七が存在する。


「数えるのも億劫だろう。俺だってそうだ」


 転生者は堂々言うが、それぐらい把握しとけよと男は口を曲げた。


「お前の転生者殺しは今日で仕舞いだ。俺がケリをつけてやる」

「そうか」


 男は些か呆れつつ、それでも転生者を名乗る者と向かい合っていた。


「んじゃ始めるか。七が出たら俺の勝利とお前の死が確定する。聖王国の勇者よ、ここがお前の死に場所だ!」


 まさに聖王国ナルタヤの北限で、転生者は勇者抹殺を宣言する。


「まずは何が出るかなあ!」


 深緑の外套をまとう、勇者の内心のほどは窺い知れないが、恐らく彼はこう思っている。

 ーー知らんがな。


「シンプルな七は強力だ。俺の肉体は限界まで強化される」

「ほう」

「七十七は更に魔法力が強化される!」

「なるほど」

「七百七十七ともなれば、もはや神の領域に達するだろう」

「是非見てみたい」

「ほざいたな。笑えるぜ」


 九百九十九のうち、最初に七と七十七と七百七十七が出る可能性は、それぞれおよそ零点一パーセント。ゼロが存在するならば、計算上はそうなる。つまり当たりは零点三パーセント。七さえ付けばいいのなら、確率は跳ね上がるが、それでもたかがしれている。

 ゼロから十まで七は一つしかないのだから、十一分の一ということだ。なるほど確かに、全体から見れば十分の一。ほんの少し幸運なのかもしれない。


 転生者を名乗る男の周囲に、光り輝く数字が浮かび上がる。スロットマシンのよう、リールが回り数字が表示されていく。

 勇者はそれを見て「こいつ前世はパチンカスという輩だな」と思い浮かべる。パチスロ狂いと言ったところか、と。


「まずは……百十七だ!」


 数字に七が入っている。これは当たりなのだろうか。一応当たりに見えるが、転生者の表情は冴えない。


「ちっ、これじゃ俺の全力は出せない」

「そうなのか。それは残念だな」


 勇者が一つ前に出ようとしたところ、


「待て。一応七は付いてるが、これは俺の本気じゃない」

「そうか。では待つとしよう」

「そうしろ。圧倒的に葬り去ってやる」


 転生者はまるで当然と言った感だが、勇者に特段思うところはない。

 ただ、男の様子を見守ることしか出来ないのだから。


 ーー魔獣跋扈するこのルナリア大陸は、異世界の南北アメリカ大陸とやらに地形が酷似しているらしい。

 ここは異世界で言えば南アメリカ大陸に該当し、百年に及び魔族と争いが続いている。

 勇者の任は魔族を一掃し魔王を殺すこと。

 彼は戦い続け、これまで散々仕留めてきたが、例外が一つだけあった。それが異世界転生者の存在だ。

 奴らは魔族の側に付き、こちらの世界では人類と敵対している。

 自然勇者は、転生者狩りも担う羽目になるのだが、特別負担というわけでもない。

 ガキの頃から殺っている。思うことももはやない。

 ちなみにこの異世界転生者、大体日本という国から来た日本人だ。それ以外に出くわしたことは、一度足りともない。

 なんとも不思議な話である。


 ーーなかなか転生者の満足する結果は出ないらしい。スロットを回し続け、冴えない数字が並び続ける。

 待ち続ける勇者は、


「お前目押し出来んのか」


 問うた。多少の焦りはあるのだろう、転生者は汗を滲ませながら応じる。


「ちげーよ。そもそも目押し出来る代物じゃねーみたいだ。俺も知らなかった」


 それは調べとけよ。そんな呆れを、勇者は口に出さず呑み込んだ。


 ーー挑むこと九百九十六回目、またも七並びもシンプルな七も出なかった。


「ど、どんだけだよ……」

「長いな。日が暮れそうだ」

「けど分かるだろ、もう残されたのは七しか存在しない!」

「そうだな。楽しみで仕方ない」

「ほざけ! いくぜ!」


 そうしてまた、スロットは回りついにシンプルな七が出た。

 勇者もようやくか、と外套から腕を出し口を開く。


「よし、じゃあ闘るか」

「待て……肉体強化はシンプル過ぎる。なんかこう、筋力アップしただけにしか思えない」

「いかんのか」

「ダメだろ。俺は魔法とか使いたい」

「なるほど」


 と勇者は受け入れた。もう、それぐらいしか出来ることがない。

 転生者は更にリールを回し、七十七が表示された。


「よかったな。じゃあ闘るか」

「……待て」

「なんだ、お望みの結果が出たんだろう?」


 勇者が険を含ませた言葉を投げ掛けると、


「魔法の使い方が分からない……」


 転生者は気落ちしていた。

 肩まで落とし覇気もない。

 勇者は眉間に皺を寄せ確かめる。


「なんであらかじめ調べてないんだ」

「異世界転生ヒャッハー状態で、そういうの忘れてたんだよ……」


 これは女神の責任だな、と勇者は再び呆れかぶりを振る。

 それから気を取り直し声をかける。


「まだ最後があるじゃないか。そう気落ちするな」

「知ってらあ。見てろ、スリーセブンの力見せてやる!」


 そうして最後のスロットが回り始めた。

 結果は目に見えているのだが、転生者のテンションはあげあげだ。


「神をも超越する力、見せてやるぜ!」


 そうして、確かにスリーセブンが大きく浮かび上がる。


「きたああぁぁああ!」

「おめでとう」


 棒読みで勇者は祝福する。

 それから、


「で、塩梅は。神になれたか」


 端的に尋ねる。それに転生者は、


「……これは凄い」

「何が凄い」


 たっぷり間を置いた後応じた。


「凄い豪運と動体視力。しかもプログラム無視していつだってスリーセブンが出せる。パチスロで台選ぶ必要すらない! 開店目当てに朝から並んでる奴らがゴミにしか思えねえ!」

「ほう」

「カジノなら常にジャックポット状態!」

「積み立てられた額総取りじゃないか」

「そういうことだ! なんて力だ! さすが異世界転生だぜ! やっぱこうでなきゃなあ! 最高にハイ過ぎてイキそうだぜ!」


 転生者は勝者の顔をしているが、殺戮勇者は容赦しない。


「じゃ、始めようか」


 告げ、勇者が一歩前に出る。

 転生者はそれを片手で制し、


「いや、もういい。お前とやる理由はない。俺はこれから無敵のギャンブラーとして生きる」


 一本指を立て振っている。もうお前に用はないと。

 なるほど確かに、勇者からしても実は大して用はないかもしれない。

 だがそういうわけにもいかない。


「俺がお前を見逃すと思ったのか」

「なんだあ、お互い別にもう用ないだろ。俺の力はギャンブル特化だ。勝手に異世界で勇者魔王ごっこしてろ。俺には関係ない」


 それから転生者は「もう就職活動せずにすむぜ……」とほくそ笑んでいた。

 勇者はその様を見て取った後、気の毒な転生者に言って聞かせる。


「願いが叶ってよかったな」

「おうよ。お前もスロットどうだ? なんなら指南してやってもいいぜ。お前がすっても俺が取り戻してやる。弟子入りするか?」

「いや、ただのインチキだから遠慮しておく」

「何なまっちょろいこと言ってんだ。胴元が儲けるよう、賭博ってのは出来てんだよ。奴らに目にもの見せてやる! 有馬口記念の仇は異世界で獲る!」


 完全に前提を忘れてるなこいつ。

 勇者はそれでも頷いてやり、気の毒過ぎる男に告げる。


「なあ冷静に聞いてくれよ――このルナリアにパチンコ屋はない」

「あ?」

「パチスロ屋もない」

「……マジ?」

「カジノもない」

「……嘘だろ。いやでも賭け事はあるよな? 男の娯楽だ、絶対ある!」

「あるけどお前のそれはインチキだ。女神に与えられた、いかさま能力」

「だからなんだ!」


 道理の分からぬ転生者。

 勇者は冴えない三十近い転生者に言って聞かせる。


「九百九十九のうち、七の付く数字を除けば確かにこれは、と思うものはあった。魔法は元より戦闘や優れた知性、スキルや特殊能力を引き出す数字はあった」

「……そんなもんいらねーよ」

「俺を殺りに来たのに、なんでそれを使わないのか不思議でならない」

「いや別に戦うつもりで来たわけじゃ……」


 転生者の表情から血の気が失せる。

 が、殺戮勇者に遠慮や容赦は存在しない。


「確かに、お前はもうロクに戦えないから放っておいてもいい」

「だったらっーー」

「ちなみに、恐らくお前は九百九十九回しか戦えない。正確には、九百九十九回しか女神の加護を得られない」

「なんだそれ……」

「女神は万能ではない。お前もまた万能ではない」


 だから見逃してやっても、もしかするといいのかもしれない。

 この、幸運をドブに捨てた男は果たして殺すに値するのか。

 ――するだろう。こいつはともかく、他の転生者への見せしめにはなる。

 今ルナリアは、裏切り者で溢れている。

 そしてルナリアに、役立たずを置く余裕はない。


「残念だ。久しぶりに暴れたいところだったんだが」

「待て待て待て待て!」

「何を」

「お、お前無抵抗の人間殺すつもりか!」

「無論だ。俺は殺戮勇者らしいからな。アンラッキー7な転生者よ」


 その後、この冴えない転生者を見た者はいない。


 ーー後日、殺戮勇者はある少年にこう言った。


「レイモン。軍船を造る資金なんだが、賭博で用立てるってのはどうだろう。いかさまだが、絶対バレない」

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殺戮勇者は容赦しない。「ラッキーセブンな転生者」 文字塚 @mojizuka

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