待って!どうか死ぬ前に人体寄贈を考えてみて!

ちびまるフォイ

DEAD or RE ALIVE

「今日からここで働くのはお前か?」


「はい。よろしくお願いします」


「なんでまたこんな仕事を?」


「単純にお金がなくて……。娘も進学が控えていて。

 でも誰にもリストラされたと言えずに……」


「ワケありってこった」

「まあそんな感じです」


「それならここは天職さ。身分も明かさないし外にバレることもない」


「あ、それで最初にこの覆面をつけさせられたんですね」


「そうそう。人体寄贈者としてもキモいおっさんが体をいじくり回すって思うと、やっぱりイヤだろ」


「そうですね」


「っと、次の人体寄贈者が来たぞ。新人、いくぞ」


「はい!」


部屋に入ると人体寄贈者はおだやかな表情で椅子に座っていた。


「それでは施術はじめますね」

「はい」


「え、もう!?」


先輩はさっさと寄贈者に注射をした。

人体寄贈者はやすらかな表情のまま眠りに落ちていった。


「新人、そこの薬とって」


「ちょ、ちょっとまってください。これ注射したら死んじゃうんですよね」


「ああ」


「こんなにあっさりしていいんですか。もっとこう……」


「人体寄贈者に対しての説得はここではルール違反だ。

 今回は初回だからおおめに見るが、絶対にするなよ」


「しかし……」


「睡眠薬の効果だって限られてるんだ。早くしろ」


人体寄贈者に注射をすると、しだいに寝息も聞こえなくなった。


「さあ、こっからが大忙しだ。

 血を抜いて内臓も取り出さなくちゃいけない」


「ミイラでも作るんですか」


「人体寄贈者は自分の臓器や血液を寄贈してくれた素晴らしい人なんだ。その好意を無駄にできないだろ」


「は、はあ……」


「作業には特別な知識はいらない。基本は機械がやってくれる。

 そのスイッチを押すのが俺たちの仕事だ」


電源を入れると機械が動き出し、人体寄贈者の体を寄贈に適した形へと変えていく。


「新人、うかない顔だな」


「え、そ、そうですか……」


「おおかたこの仕事に疑問を感じてるんだろ。

 俺も最初はそうだった。じきに慣れる」


「慣れるんですか……」


「それに、この世界にはドナーが見つからなくて困ってたり

 血液が足りなくて困っている人がずっと多いんだ」


「それはそうですけど……」


「人体寄贈者と自殺志願者を一緒にするな。

 彼らは、自分たちの意思でここへ足を運び

 そして自分以外の人のためにと身を捧げてくれた人なんだ」


「はあ……」


「処理が終わったぞ」


中身をすべて抜かれた人体寄贈者はペラペラになっていた。


「次は防腐処理をして綿をつめるぞ」


「ここは手作業なんですねっ……!」


「丁寧にすべきところは人間の手でやらなくっちゃな」


残された皮に防腐処理をし、中にぬいぐるみのごとく綿をつめていく。

さっきまでペラペラだった体はすっかり見た目もとどおりになった。


「先輩、なんで綿なんか詰めるんですか」


「愛好家に売ることもあるし、マネキンとして買われることもあるからな」


「なるほど……」


「人間は死んでも捨てるところがない。そのへんしまっとけ」


処置室の後片付けをしたらまた待機室へと戻っていった。


「だいたい手順はわかっただろう。次は自分ひとりでやってみろ」


「え、でっ、できますかね……」


「ひとりで苦労するほうが上達まで早いんだよ」


「頑張ります……!」


「俺は仮眠室いってくる」


「ホントは寝たいだけなんじゃないですか……!?」


待機室でひとりだけになってしまった。

覆面も脱ごうかと思ったが、すぐに次の人体寄贈者がやってきた。


「やれやれ。休む間もなし、か。どんだけみんな死にたいんだ」


取り外しかけた覆面をつけ直して処置室に入る。


「それでは施術をはじめ……」


処置室で待っていた人を見て言葉がつまった。

椅子に座っていたのは、今も受験勉強しているはずの娘だった。


「あ、あ……」


「あの、早くしてくれませんか」


睡眠薬が入った注射がぶるぶると震えた。


「な……なんで君はここに……?

 ここがどこだかわかってる……よね?」


「はぁ? 当たり前でしょ。

 人体寄贈者としての面談を合格したからここに来れたんだもん」


「その……失礼だが、君はまだ若い。

 人体を寄贈するのはちょっと……早すぎないか?」


「死にたいって感情に年齢なんて関係ないでしょ。

 若いから生きていたくて、年取ったら死にたくなるの?」


「そうではないが……まだ未来に選択肢があるだろう」


「なに? 説得でもしたいの? 感動させたいの?

 そういうのうんざり。もう何もかも疲れちゃったの」


「受験勉強に……か?」


「なんで? 私が受験生って知ってるの?」


「い、いや見た目で……っ」


「別に、それだけが理由じゃない。

 めんどうな人間関係にも疲れたし、勉強にも疲れたの。

 自分を取り巻くすべてに希望が見えなくて死にたいの」


「死ぬって選択は極端じゃないか……?」


「じゃあどうすればいいの?

 友達全員に"馴れ合いで付き合ってたけどうざい"って本音で話すの?

 それとも勉強すべてを捨ててホームレスにでもなれば良いの?

 

 そんな未来を選んだとして、幸福なわけないじゃない」


「そ、そうかもしれないが……」


「とにかく。私はもうこの人生なにもかも疲れたの。

 毎日死にたいけど、死ぬのは怖いし。

 でも自分が死んで誰かのためになれるならってここへ来た」


「……」


「はやくしてよ。ここへきた時点で覚悟はできてる。

 もう未練なんてない。やっとこの人生を終わらせたいの」


「……その、聞いた限りで君の悩みは死ぬことで解決する以外にもあるんじゃないか」


「どういうこと?」


「君の悩みは今の自分の環境がぜんぶ嫌なんだろう?

 なら、私は……死ぬ以外の選択も用意ができる」


新人は持っていた注射を置いた。







数時間後、仮眠室で目覚めた先輩はねぼけながら待機室へ戻ってきた。


「おはよう新人。あのあと人体寄贈者は何人きた?」


「1人です」


「なんだたったひとりか。で、ちゃんと施術できたか?」


「いえ……」


「ははは。だろうな。まあ気を落とすな。最初は誰でも失敗する」


先輩は笑いながら施術室をちらと見た。


「あれ? 最初の人体寄贈者の皮は? 売れちゃった?」


「はい、ちょうど希望者がいたもので」


「まじか。美少女の人体ならまだわかるが、あの体に需要があるとはな……」


「人が何を欲しがるかなんて、その人の状況で変わるもんですよ」


「そんなもんかね。今日はもう閉めるか」


「はい」


先輩は覆面をとり部屋の鍵をかけた。

わかれぎわに茶色の封筒を差し出した。


「初日おつかれさま。これは今日のぶんの給料だ」


「ありがとうございます」


「ちょっと多めに包んどいた。先輩の優しささ。

 受験生の娘がいろんだろ。これからますます金がかかるからな」


「ええ……でも、もう娘はいないんです」


「はあ? でもお前最初……」



「今は……新しい姿を着て、新しい人生でも送ってるんだと思います」



遠い目をした新人に、先輩は不満そうだった。


「娘いないんなら俺のやさしさ返せっ」


そうして封筒からちょっとだけお金を抜いてしまった。

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