第14話 もしかして

 リリリン、リリリン、リリリン、ガチャッ

「はい、お電話ありがとうございます。たすけ、担当、兎型うさぎがたマリーです」

 ルシェの耳に入ってきたのは、明るくも落ち着いた印象の女性の声だった。

 あ、たすけ手にはリタさん以外にも兎型の人がいるんだ……

 ルシェは心なしか緊張し、受話器を握る手に汗が滲んだ。

「あの、僕はルシェといいます……リタさんをお願いします」

「かしこまりました、リタですね……少々お待ち下さい」

 女性の言葉の後に軽快な保留音が流れ、やがて途切れる。

「もしもし? ルシェ?」

 その途端に聞こえてきた聞き慣れたリタの声に、ルシェはほっと安堵のため息を吐いた。

「あっ、リタさんいた……良かったぁ……」

「そろそろ電話がくる頃だと思ってたよ……私、ちょいと夢でお仕置きしたからね、あの二人を」

 リタの言う“あの二人”とは、細目のイフとぽっちゃりのハンの事だ。

 ルシェは、楽しげに言うリタに小さくため息を吐いた。

「あれ、やっぱりリタさんだったんだね……うん、二人ともやつれちゃって可哀想なんだよ……それでね、イフ君とハン君、今日僕に謝ってくれたから、もう夢で指導するのはおしまいにしてほしいんだ」

「あら、もう?」

 リタの声音は残念そうなものだ。

「もうって……五日間も指導したら、もう十分でしょ?」

「まあ、もうしないって言ってるならやめるけれど……」

「うん、二人共もう意地悪しないって言ってた。だからもう、大丈夫だよ」

 ルシェはにこりと笑って言った。

「わかった……ルシェがそう言うなら、残念だけど今夜から指導はやめることにするわ」

 残念って……やっぱり楽しんでたのか、リタさん……

「うん、そうして……あ、あと、ケン君に僕がモンスターカウンセラーやってること、話したんだ」

「おっ、ケン君の反応はどうだった?」

 リタの声音が渋いものから明るいものに変わる。

 なぜか、ルシェの心に小さいさざ波が起きた。

「……次にダンジョンに行く時、一緒に連れて行ってくれって言われたんだよ……どうしよう、リタさん?」

「おぉ……やはりそう来たか……いいねぇ、いい反応だケン君!」

「……嬉しそうだね、リタさん……」

「まあね……なぁに? もしかして妬いてるのかな? ルシェ?」

「や、妬いてなんかいないよ!」

 からかうようなリタの声に、ルシェの頬が赤く染まった。

「冗談冗談……じゃあ、今度の仕事の時、ケン君も連れてきていいからね」

「う、うん、わかった……じゃあ、次に学校が休みの時に一緒に行くね」

 ルシェは頷き、電話を切った。

 妙な胸の甘い疼きが、なかなかおさまらない。

「家の手伝いしなきゃ……」

 ルシェは深呼吸を繰り返してそれを誤魔化し、急ぎ足で日常へと戻って行ったのだった。


「リタ……わかってると思うけど、お客さんとの恋愛はご法度よ」

 ルシェとの通話を終えたリタに、取り次いだ兎型のマリーが渋い表情で言った。

 その頭頂には、黒い毛色の兎の耳がピンと生えている。シルバーの髪を長く伸ばした美女だ。

「あらま、よく言うよ……うちで一番モテのマリーさんがさ」

 リタは回転椅子の背もたれに深く背を預けながら、面白くなさそうに唇を突き出した。

 これまでに、マリーが客である相談者から想いを寄せられた件数は、数えきれないほどある。

「それは向こうが勝手に熱をあげただけよ……もちろんそのすべてを丁寧にお断りしているし、私からお客さんにそういった感情を向けたことは、一度もないわ」

 マリーはデスクで書類を手にしながら、素っ気なくリタに言った。

「さっきの通話の様子だと、もしかすると向こうはあなたに気があるんじゃないの?」

「まさか!」

 リタはマリーの言葉に吹き出した。

「マリー、さっきの私の言葉は冗談なんだよ! それに、ルシェはまだ十歳のお子さまなんだから……恋愛なんてまだまだ早いよ」

「十歳だって、異性に恋する可能性はあると思うわ……向こうから見たら、あなたは魔族だけど、一応大人の女性なんだし……案外、初恋だったりするのかもよ」

 淡々とした口調で言うマリーに、リタは渋面を作った。

「一応って、失礼だな……でも、もしそうだったとしたら、私初めてかも……お客さんから恋愛感情なんて持たれるの……ルシェはかわいいから、悪い気はしないな!」

 リタはうっとりと宙を見つめ、にこにこと笑うルシェを脳裏に浮かべた。

「もう、喜んでる場合じゃないでしょ?」

 マリーはリタのその様に、呆れたようにため息を吐く。

「私には、魔王様がいるもの」

 ぼそり、リタはマリーに聞こえないように呟いた。

「え? なにか言った?」

「いいや……とにかく心配御無用よ! リタさんはオトナですからね、万が一ルシェからそんな感情を向けられても、うまく対処できますって!」

 にへら、とリタはマリーに笑いかけた。

「そう、うまくいくかしら? 私は慣れてるけれど、あなたはそうじゃないでしょ? まあ、困った時には相談に乗ってもいいけどね」

「それは自慢か? 自分はモテるって自慢か? えぇ?」

 リタは笑顔から一転して、マリーに嫉妬の眼差しを向ける。

 リリリン、リリリン、リリリン

「あっ、電話だ……」

 リタは体勢を整え、受話器に手を伸ばす。

 マリーはよそ行きの声で対応し始めたリタの後ろ姿を見つめながら、見ず知らずのルシェという少年に思いを馳せた。

 ルシェは未だ少年で、これから大人の男性に成長していく。

 まあ、その変わりようを見続けるリタをからかうのも、面白いけどね……

 マリーは美しい真顔の裏で、少しわくわくしていたのだった。

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