第9話 不穏な空気

「疲れたでしょ? よく頑張ったね!」

 リタは、十五匹のモンスターの話をすべて聞き終えたルシェを労った。

「うん……皆、いろんなこと考えてるんだね……びっくりしたよ」

 リタに水の神殿まで瞬間移動してもらい、二人はその前の石段に座って話をしている。

 ルシェはモンスター達の話を聞き、それをノートに書き留めた。

 モンスター達がどんなことを考え、思い悩んでいるのか興味があったからだ。

「でも、ホネダさんがなにを言っているのかはわからなかったな……」

 ルシェはカタカタ言うばかりの骸骨モンスター、ホネダを前に困ってしまったことを思い出した。

 すぐにリタに、どうしたら? と視線で合図を送ったのだが、そのまま相槌をうって! とリタから頷かれてしまったのだった。

「ホネダさんは独特すぎて、私にもホネダさんが何を言ってるのかわからないんだよね……でも、満足そうにして去って行ったから、きっと大丈夫だよ」

 リタは心配そうな表情を浮かべるルシェを安心させるように、にこりと微笑みかけた。

「そうなんだ……僕はまだ、ホネダさんのことよくわからないから、もっとよく知りたいな」

 ほう、もう関わりたくないとは言わないのだな。

「そうだねぇ、なんてったって今日は初日だからね」

「うん、隊長さんも信頼関係が大事って言ってたから、明日も行こうと思うんだけど……学校もお休みだし」

「おぉ、積極的だねぇ! 非常にいい事だ! じゃあ、また明日、同じ時間にここで待っているよ」

「はい! あぁ、なんだかお腹空いちゃった……じゃあ、また明日よろしくお願いします」

 ルシェは笑顔でペコリと頭をさげ、踵を返した。

「うん、こちらこそよろしく頼むよ……うーん、いい笑顔だねぇ……いい調子だよ……ルシェ君」

 リタはにこにこと笑って、その細くて小さな背を眺めていたのだった。


 その後一ヶ月間、ルシェは学校が休みになる度にダンジョンに足を運んだ。もちろん、リタも一緒だ。

 すっかり顔なじみになったモンスター達は全員、ルシェをカウンセラーとして認めている。

 ルシェがこまめにとっているカウンセリング用のノートも、二冊目に突入していた。

 だが、俄然生き生きとし始めたルシェを、快く思わなかった者もいる。

 学校の一部の同級生達だ。

 伸ばした前髪で目元を覆い、声は小さく、姿勢は悪い、勉強、運動、魔法もふるわない。

 そんな冴えないルシェが、今や見違えるようにきらきらして見える。

「おかしい、絶対になにかある」

 ガキ大将の雰囲気を醸し出す、背が高く、体格もいい少年が腕を組んで唸った。

 学校での授業が終わり、三人の少年達は近くの森でいつものようにつるんでいる。

「あの、女がつけるようなピン留めをし始めてからじゃない? ルシェのやつが変わったのってさ」

 ひょろりとした体格の細目の少年が、木の幹に寄りかかりながら笑った。その手には、分厚い本が握られている。

「俺、あいつの目ぇ見たの久しぶりだったぜ!」

「オイラもだよ!」

 細目の少年の隣に立つ、背が低くぽっちゃりした体格の少年が同調し、せせら笑う。

「なんだよそれ? ってあいつに聞いたらさ、幸運のお守りだ、なんて言っちゃってよ……ばっかみてぇだよな!」

「なんだそれ、気持ちわりぃ!」

 細目の少年とぽっちゃり体型の少年は、あははと笑った。

「だけど、奴が変わったのは確かだ……勉強や運動ができるようになったわけでもねぇってのに……いったいなんなんだ?」

 ガキ大将の少年は独り言のように呟き、眉根を寄せた。

「なんだよケン、ルシェのこと気になるのか? 気にしなきゃいい、あんなの!」

 細目の少年がふん、と鼻を鳴らした。

「ケンがルシェを気にしてる理由、オイラ知ってるぜ! シシシ!」

 ぽっちゃり体型の少年が、ガキ大将の少年ケンをからかうように笑った。

「学校の図書室でよくつるんでるもんな、ルシェとタニア!」

 タニア、の部分にケンの頬が赤く染まった。

「ち、違う! なに言ってんだ、バカ!」

「まあまあ、照れなくてもさ……ルシェの奴が気にいらないってなら、痛い目にあわせればいいじゃん。調子に乗るなよってさ」

 細目の少年がにやにやと笑って言う。

「そっ……そんなことしたら、あいつに嫌われるだろ……」

 ケンは、言いにくそうにぼそぼそと言った。

「なんだよ、どうしたいんだ? ケンは?」

 細目の少年イフとぽっちゃり体型の少年ハンは、揃って眉根を寄せる。

「ど、どうってさ……気になるって話だよ!」

 ケンは、気まずさを誤魔化すように叫んだ。

「気になるなら、理由を聞くしかないだろ。な? ハン?」

 イフは、にやりと笑って隣のハンを見やった。

「イフの言う通りだ! オイラはあのピン留めが怪しいと思うなあ……あれ、取っちゃおうぜ!」

 ハンは、細目のイフと目を見合わせて笑う。

「それはお前らだけでやれよ……俺はやらねぇからな!」

 ケンは険しい表情で二人に言った。

「わかったよ……いつやろうか? イフ?」

「善は急げっていうからさ、明日学校が終わったらやろうぜ、ハン」

 フヒヒ、とイフとハンの二人は下卑た笑いを浮かべる。

 ケンはそんな二人に背を向け、すたすたと歩きだした。

「あっ、待てよ、ケン!」

 その後を、イフとハンが慌てて追いかける。

 ルシェの知らないところで生まれた不穏な空気は、翌日ルシェを包み込むことになるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る