1‐B 偶

 その人がホームページにアクセスを繰り返しているのを知ったのは、結局のところ、偶然だったのかもしれない。

 こっちもページを作ってすぐで、日毎に、わずかではあっても、訪問者の数が増えるのを楽しみにしていたからだ。加えて、こっちには多少はプログラムの知識があった。だからページを訪れる<誰かさん>のブラウザを特定できるだけでなく、URL(ホームページの番地)を相手に知られることなく突き止めることもできたのだ。

 突き止めたURLを入力して彼のページに行ってみると、けっこうシャイそうな人だとわかった。ページの構成は驚くほどこっちと似ていて、彼が描いたらしいパソコン画まで飾られていた。テクニックは、まあ、悪くない。奇妙なことに質感まで、わたしが描いたパソコン画に似ていると感じた。自己紹介ページにあった彼の自画像も悪くなかった。うつむき加減の顔の陰影、骨の細そうな印象。美形ではないが雰囲気はあるといった趣だ。もっとも、その写真も、こっちに飾ったjpgの自画像のように、ほんの少し、あるいはかなりの修正を施してあったのかもしれない。

 わたし本人は、これまであまり人に見られる――注目される――という経験がなかった。影が薄いというのか、友だちにメリハリが利いたのが多かったのか、日常でも、旅行に行ったときに写したスナップでも、いつも誰かの影に隠れていた。単に地味というのではなく、存在が希薄だったのだ。ときどき自分でも『わたしはそこにはいなかったのだ!』と思ってしまうこともある。それに、わたしは気が弱いし、自発的でもない。人前に出たり、話したりするのが苦手だ。だから、BBS(パソコン通信)が社会に浸透したときも、積極的にそこに参加しようという気は起こさなかった。いまでもそうだ。仲間を探そうという気力が湧かないのだ。だから、いまのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)も、知り合いへの近況報告にしか使っていない。

 だからこそ、WWWはわたしを惹きつけたのかもしれない。

 インターネットを使って情報を得るという行為は、匿名的ではあるけれども、極めて自発的な行為だ。こっちからアクセスを繰り返さないかぎり、求める情報は決して手に入らない。テレビや雑誌のように、自らを宣伝するということがないのだ。が、自分のページを出すという行為は、それ自体は極めて自発的な行為だとしても、正反対に捉えることもできる。もちろん多少の宣伝は必要だが、ページの内容が充分鑑賞に堪えるものでありさえすれば、あとは誰かがアクセスしてくれるのを待つだけで良いのだから…… 自己表現欲求は持っているけれどシャイな人間には、優れて感性の一致するツールといえた。

 もっともそうはいっても、無名で、まあ標準的な内容のページにアクセスしてくれる人は、多くはない。契約しているプロバイダや、載せてもらっている検索エンジン・サイト、または誰のリンクに繋がっているかによっても違うが、メインの内容が絵画の場合、多くても一日一〇人訪れればマシな方ではないだろうか? 基準はわからない。けれどもわたしの場合、そんな人数だった。そして、そのほとんどが一見さんだった。だから、多いときには日に何回もアクセスを繰り返してくる彼に、わたしは興味を惹かれたのだ。それは、わたしが見られている行為だった。他の何人かの訪問者と違って、彼は決してわたしにメールをくれなかったけれども、わたしは彼がもっとも確かなわたしの凝視者であると感じ、信じた。だから、彼だけがアクセスできる仕掛けを自分のページに作った。彼に、単なる凝視者から視姦者へと昇格して貰いたかったからだ。

 わたしは、自分がもっとも美しいと感じた姿態で写真を撮り、それにわずかの修正を加えた後、別の背景写真やCGと合成して、一連の作品を構成した。それを、WWWに填まる前、自分に自信をなくしかけていたとき憑かれたように調べた魔法陣の形に倣って配置した。もちろん、彼にだけ見えるように案配したその画像群を、彼が見つけてくれるかどうかはわからない。こっちが仕掛けたのは単に消極的な行為だったからだ。だが、彼はそれをちゃんと見つけてくれた。わたしの画像にアクセスし、それを自分のパソコンに持ち帰った。その先、彼がどういう行為に出るのか、わたしにはわからない。だが彼は、きっとそれらをプリントアウトして、大切に保管してくれているに違いない。

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