20 サバゲーチーム

 19:40、トンユイエン駅を発車した。ここは保安上の都合から停まるだけで、旅客や貨物の乗降なく発車した。その5分後、シーチューブに入った。

 ゴルから次のムスクまでの間は海底山脈が連なっている。その一部には活火山反応もあり、所々から噴煙も見える。人類が生きるためには過酷な環境であるが、深海の生物にとっては貴重な栄養源となっていて、この付近には生物も多く生息している。

 しかし、海底火山は深海生物だけでなく、人類にも恵みを与えていて、それがウミリウムである。この付近には多量のウミリウムが埋蔵されていると考えられており、次のミニシードームはダムチャ鉱山という海底連邦でも最大級のウミリウム鉱山だ。

 シーチューブに入った瞬間から、周りはゴツゴツとして険しい山脈に変わった。地上の山脈と違うのは、基本的に木々がなく、ただ岩のような地肌があるだけのため、山の温かみというものは感じられない。特にウミリウムの採掘が終わったエリアは、明らかに人為的と思われるほど綺麗に整地されていて、硬く冷たい印象を受けた。


 19:55、海底山脈の中を右へ左へと進んでいると、交代のためナツがやってきた。

「…んー、大丈夫かな…」

 彼女は何やら考え込みながら運転室にやってきた。

「どうしたの?」

「さっきゴルからジン議長が乗ってきたでしょ、その秘書からクロイドにルブタン枢機卿と話をしたいから場所を作って欲しいって言われて、それで片方の一存で決めるわけにはいかないしアキが呼ばれて対応しているんだけど、大丈夫かな…」

「えー、それ結構やばいじゃん」

「そう、それが何か良からぬ話だったらね。まあ、対応したクロイドによると、ジン議長側は喧嘩腰ではなく、あくまで穏やかに話をしたいだけっていう雰囲気みたいなんだけど」

「なるほど、それで?」

「いまアキがルブタン枢機卿に聞いているよ、どうしますかって」

「どうするんだろう」

「向こうが穏やかな感じなら、受けても良いと思うよね。向こう行ったらアキのサポートしてあげてね、交代しよ」

「うん、僕も様子を見てみるよ。じゃあ異常なしでよろしく」


 ハルは手短に交代を済ませると、メタ・エントランスに向かった。すると、車内の防犯カメラを見ながら、フユが立ち尽くしていた。

「ん?ハルか」

「どういう状況?」

「ああ、いまアキがルブタン枢機卿の部屋まで行って話をしてな、うまくまとまったのかは知らねえが、出てきたぞ」

 防犯カメラにはアキとルブタン枢機卿、それにチーフクロイドが映っていた。

「話をするってどこでするんだろう?」

「この列車にはメタ空間車がくっついているからな、その気になれば会議室なんていくらでも用意できるだろう」

「そっか、その手があったか」

「ん?別れたな。アキはどこに行くんだ?」

「ジン議長を迎えに行くんじゃない?」

「あー、そうみたいだ」

 ルブタン枢機卿をチーフクロイドに任せて、アキはジン議長の元へ向かった。話を持ちかけた側だから、こちらの誘導はすんなりいくだろう。

「にしても、話ってなんだろうな。やべぇことが起きそうな気もするが」

「そこまでじゃないんじゃない?少なくともジン議長側は穏やかだったらしいし」

「だといいんだけどよ。車内でドンパチやられても困るからな」

「さすがにそんなことは起こらないよ、ゲームのやり過ぎだって」

「お?バレたか」

「フユがオープンメタでサバゲーやってるのはみんな知ってるって」

「サバゲーじゃねえよ、あれは防犯訓練だ、列車内凶悪事件のな。まあ、サバゲーもやっているが」


 タートル鉄道では、各国では高度な自治権が適用され、車内の犯罪者に対して各国政府や警察は手出しができない。それはつまり、例えば悪政を敷く政府から善意の政治犯を守ることには有効だが、通常の犯罪者、例えば車内で暴力を振るう旅客がいても、対処してくれないという事だ。

 こういう時のために、機関車のオープン・メタからは、即応態勢を整えている警備隊や、救急隊に即時アクセスできるようになっている。有事の際には、ここから警備隊や救急隊を派遣することになっているが、やはり最初に対応するのは、クロイドや乗務員である。

 アンドロイドであるクロイドたちは、もちろんそういう時に対処できるようプログラムされているが、生身の乗務員も対応を求められることもある。そのため全員が基礎的な防犯訓練や救命訓練を受ける義務がある。また希望者は上級訓練を受けることができ、大半のチームは少なくとも1人は上級訓練に参加している。

 クロス・ドーラの場合、フユが防犯の上級訓練、アキが救命の上級訓練を受講している。

 フユは正規の防犯訓練の他に、有志で行われている特別訓練チームに参加しており、さらに高度な訓練も行われているが、これは趣味を兼ねている人も多いため、通称サバゲーチームと呼ばれ本人たちも自認していた。

 ただし、正規の訓練に用いられる本格的な装備、システムで行われているほか、正規軍出身のメンバーが教官役として参加しているため、腕前は相当に高く、正規軍との模擬戦闘でも優秀な成績をおさめることから、タートル鉄道やマザー・タートル政府からも一目を置かれる存在だった。


「まあ、頼もしいけどね。この前も誰かが暴漢を取り押さえて感謝状貰っていたっけ?」

「ああ、確かドナルドだったな。あいつも鍛えているから、ああいうへなちょこは簡単に倒せるぞ。どうだ?ハルもやってみないか?」

「いや、僕は身体動かすの苦手だし遠慮しておくよ」

「でも確か、基礎訓練の射撃の腕前良かったんじゃないのか?」

「あれはたまたまだよ」

「いや、あれは結構難しいから、まぐれで出来るものじゃねぇぞ。残念だな、せっかく良い腕してるのに。お前なら一流のスナイパーだって夢じゃねえし」

「そう…?」

「ああそうだ。俺が保証する。どうだ、やりたくなったか」

「いや、まあ、ちょっとはね」

「決まりだ!今度付き合え、俺の仲間に紹介してやる」

「…よろしく」

 半ば強引に決まったが、射撃の腕前を褒められたことは、ハルとしては悪い思いにはならなかった。


「いけね、アキの様子を見てなかった」

 話に夢中になっている間に、アキがジン議長を連れて、メタ空間車に向かっていた。

「無事に終わればいいね」

「ああ…、俺も心配だから現地行ってくるか」

「じゃあ僕も」

「ハルは今はメシの時間だろ?大丈夫だ、こっちは俺に任せろ」

「でも」

「心配するなって。それにメシを食う事も大事な仕事の一つだろ、ゆっくり休めって」

「わかった。じゃあ気をつけて」

「おう」

 ハルは、フユがメタ空間車に向かう後ろ姿を見送る。身体が大きい彼の姿は、男の自分が見ても頼もしく感じる。自分自身も少しは鍛えた方がいいのだろうか。ならばフユの言う通り、サバゲーチームに参加するのもいいかもしれない。そんな事を考えながら食事の準備を始めた。

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