15 メタ空間の日光浴
9:58、ナツが交代のため運転室にやってきた。その直後、次のミニシードーム駅であるヌルチ駅の接近チャイムが鳴った。
「駅接近、ヌルチ停車、進路本線」
ハルは確認して“停車”のボタンを押した。
「おつかれ、交代だよ」
「おつかれ。なんか微妙なタイミングだから停まったら交代するね」
「OK、さっきも早めに変わって貰ったのにごめんね」
「別にいいよ、たいして変わらないし」
「ありがと」
10:02、“マシラウ2号”は定刻通り、ヌルチ駅に停車した。
「停車。停止位置よし、右側開扉。閉じめ滅。定時。発車10:05。よし、じゃあ異常なし」
「了解。そう言えば、もうマドレーヌさんに会った?」
「昨日会ったよ」
「私はさっき会って、一緒にモーニングしてきたよ」
「へ?どこで?」
「マドレーヌさんたちのコンパートメント。モーニングしたって言っても、10分くらい立ち寄っただけだからあんまりだけど。ハルも行ったら?」
「うん、ちょっと行ってみるよ。じゃあまた」
「またね」
ナツにそう言うと、ハルは車内巡回に向かった。
ハルが5号車の二等座席車に入ったところで、列車は再びシーチューブに入った。車内は間接照明になっていて、薄暗いシーチューブに入ることで、トンネル内のような暗さになった。座席に座るほとんどの乗客はゆったりと寝ているか、ぼんやりとしていた。
ここでハルは異変に気づいた。今日の“マシラウ2号”はほぼ満席のはずだった。だが、座席は3割程度しか座られておらず、7割が空席だった。5号車に限らず、他の車両もそうだった。
他の乗客はどこに行ったのだろう?まだ10時過ぎだから、食堂車に行くとしたら早いし、とそこまで考えて、この列車にはメタ空間車が連結されていたことを思い出した。
メタ空間車に入ると、その考えは確信に変わった。大半の乗客がこの中にいたのだ。受付のクロイドに尋ねると、特に人気だったのは、太陽が輝く芝生広場だった。この広場は、特別に何かがあるわけではないのだが、多くの乗客がのんびりと過ごしていた。
どの人も本当に嬉しそうな表情で、芝生に座ったり、走ったりして日光浴を楽しんでいた。
「ハルさーん」
自分を呼ぶ声が聞こえ、その方向を見るとマドレーヌがいた。
「マドレーヌさん。みなさんも」
ハルがそこに向かうと、マドレーヌと3人の女性たちが芝生の上にレジャーシートを敷き、のんびりと寛いでいた。
「本当に良い場所ですね、ここは」
「そうですか、それは良かった。でも他にもメタ空間には多くの部屋があるんですが、どうして皆さんここにいるのでしょうか?」
「それはやっぱり、私たちにとっては日光浴が最高の娯楽ですからね」
それを聞いて、ハッとなった。確かにシードームでは確かに明かりも届くが、それは本物の太陽光ではない。ここメタ空間も本物ではないが、シードームに比べたら本物に近いものだ。
「なるほど、だから皆さんここに」
「ええ。さあハルさんも座って。歓迎しますわ」
「それではお言葉に甘えて」
ハルはマドレーヌたちのレジャーシートに座った。
「他の皆さんはどちらに?」
「男性陣はゴルフ場に行きましたわ。アトムスにもあるのですが、ここの方が大きいとのことでうきうきしながら」
「まるで子どもみたいに騒いでましたね」
「ほんと。まあ私たちもはしゃいでいるけど」
確かに4人の女性たちは、昨日会った時はスーツを着ていたが、今はTシャツなどのラフな私服に着替えてリラックスしている。
「そういえば、マドレーヌはオープン・メタに行ったんでしょ」
「ええ、行ったわ」
「どうだった?」
「もう信じられないわ。いつでも気軽にショッピングとかできるし、すぐ隣には遊園地もあるし、そう、温泉が最高だったのよ」
「温泉?いいなぁ」
「私はショッピングしてみたいな。何でも揃っているんでしょ。それに昨日食堂車で食べたような美味しいものがたくさん…」
「良いわね、オープン・メタ。行ってみたいわ」
3人の女性たちは口々にオープン・メタに対する希望を話した。毎日そこで生活するハルからすれば、今更という感じもするが、その気持ちはわからないでも無かった。昨日からシーチューブでの生活が長く、閉鎖されている空間にいると、広大なメタ空間は気持ちがいいし、オープン・メタは尚更そうだった。
「ねぇ、私たちもオープン・メタに連れて行ってくれないかしら?」
4人のうち、一番の年長者がハルに頼んだ。
「あいにくですが、走行中の列車の場合、機関車には入れてはいけないんです。この前は車庫の中だったのでマドレーヌさんをお招きできたんですが…」
「なーんだ、そうなの?」
「はい…。マザー・タートルに着いたらオープン・メタはいくらでも入れるので、それまで楽しみにとっておいてください。また、ここクローズド・メタにも温泉やレストランはありますので、ぜひ行ってみてください」
「そう、それなら良いわ。ふぅ、ちょっと暑くなってきたし、温泉でも行く?」
「いいわね。気持ちよさそう」
「ハルさんもどう?」
「あ、いや僕は仕事があるので…」
「美女4人とご一緒できるのよ?」
「…!えーっと…」
「こら、若い子をからかわないの!ハルさん、気にしないでお仕事に戻ってください」
「すみません、では、皆さん、マザー・タートルまでごゆっくりお過ごしください」
ハルはたじたじになりながら、その場を後にした。
メタ空間から外に出ると、異様に薄暗く感じた。シーチューブはそこまで明るくも無いけれど、トンネルのように真っ暗ではない。長く海底で暮らしていれば、やはり太陽光が羨ましく思えるのだろうか。海底連邦の住民たちの本当に嬉しそうな表情が忘れられなかった。
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