七禍神

景綱

第1話


 誰か、助けてくれ。ブレーキが、ブレーキが効かない。


「うわぁーーーーー」



***



 ここは、どこだ。白い天井をみつめて、左右に目を向ける。

 病院か。

 思い出せない。どうして入院しているんだろう。

 おもむろに起き上がろうとして痛みが走った。顔を歪めて、ばたりと枕へ頭を下ろす。なんだっていうんだ。よく見ると左腕にはチューブが繋がっている。点滴か。体中が痛む。何がどうなっている。何かの病気か、それとも怪我か。


「すまぬ。我らのせいだ」


 誰だ。

 そう思った瞬間、白髪頭で白く長い髭のおじいさんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。その後ろにも禿げ頭で丸顔のおじさん、ボサボサで乱れた長い黒髪の女性、顔が長くて坊主頭のたれ目なおじいさん、破けたベレー帽のようなものをかぶったひょろひょろのおじさん、腐った鯛を抱えた困り顔のおじさん、ボロボロの甲冑かっちゅうを着た落ち武者のような男がいた。

 いったい、何者だ。


「本当にすまぬ。我らがお主のところにやっかいにならなかったら、こんなことにはならなかった。事故があったのだ。やっぱり我らは疫病神やくびょうがみだな」


 事故? 疫病神?


「あの、よくわからないのですが。あなたたちは」

「そうか、記憶まで失ってしまったか。お主は困っていた我らに手を差し伸べてくれたのだ。嬉しかった。だが、我らは災いを呼ぶ神、七禍神(しちまがかみ)。アンラッキーセブンとも呼ばれておるな。そのせいでお主に災いが。本当にすまぬ」


 そんな。俺はとんでもない人、いや神に手を差し伸べてしまったというのか。

 しちまががみ? アンラッキーセブン?

 七福神なら聞いたことがあるけど、初耳だ。そんな神がいるなんて。


 天井をぼんやりみつめて、溜め息をひとつ。

 気が重い。こいつらがいるってことはまだ何か起きるかもしれない。

 早いところ、こいつらから逃げなくては。って、無理か。動けない。どうする。下手したら俺は死ぬぞ。

 んっ、待てよ。俺はまだ死んでいない。こんな疫病神が七人もいるのにどうして助かったんだ。


「ニャー」


 んっ、猫か。


「ああ、そうそう、この者がいたおかげでお主は命を取り留めた。強運の福猫だ。我ら七人よりも強い力を持ち合わせておる。どうやら守護霊らしい」


 猫が俺の守護霊なのか。

 突如、ベッドに飛び乗って来た猫は、ぺろぺろと顔をめて再び小さく鳴いた。


「おまえは昔飼っていたシマシマじゃないか」


 あれ、なんだかあたたかくなってきた。不思議と身体に力が湧いてくる。これなら、早く怪我も治るかもしれない。そう思ったが、すぐにその考えを否定した。

 ダメだ、こいつらがいる以上まだ良からぬことが起きるはず。

 ほら来た。地震だ。大きいぞ。

 どうする。動けない。誰か、誰か、助けてくれ。


「すまぬ、すまぬ。我らのせいだ」

「わかっているんなら、俺から去ってくれ」

「すまぬ、それはできないのだ。災いが七回起こらぬうちはお主のもとを離れられぬのだ」


 そ、そんな。俺はどうすりゃいいんだ。


「ああ、もう。俺は死ぬ運命なのか」

「ニャー」

「この福猫が大丈夫だと言っている。守る。死なせないと意気込んでいるぞ」

 シマシマが守ってくれるのか。

 俺はシマシマを抱きしめて『ありがとな』と涙ぐみ、ハッとした。設置されているテレビが落ちてくる。やめろ、そこに留まれ。

 意識が遠のく中、俺は思った。あと五回、災いが起こるのかと。

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七禍神 景綱 @kagetuna525

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