収束-3.おうおう、ぞろぞろとどこから湧いてきたのやら・・・

「コンコンコン、どうもお晩です。通報受けて参りました、中央署の鏑木ですけどもー?」


 にわかに緊張が伝播する商店内で俺はチラと背を振り返る。

 ちょうど妹に寄り添った美月とそんな美月の腕をギュッと掴む彩花を庇う位置取りだ。

 俺が動いたのとほぼ同時、襖奥から出てこようとするおじさんとレジ台脇の定位置に戻ったばあさんが固唾を飲んで見守る中、ノックと共に聞こえてきたのはどっかで覚えのある声だった。


「えっと、その声は確か、朝方の刑事さん?」


「ああはい、どうもこんばんは。ちょっとお邪魔しますよー!」


 思わずというように呟かれた俺の言葉を拾ったのか、そこそこ分厚いはずのガラス戸を通し応答が返ってくる。

 これといった了承を待たずして、こちら側が返事をするよりも先にやたらと軽い調子で扉が引かれた。


「こんばん、は? っていうかどうしてその鏑木……」


「吾大ですよ鏑木の」


 眉根を寄せ困惑する俺が言葉を探して言いよどむと、朝会った時と変わらない(確か階級は警部補だったはず)の刑事さんが人の読めぬ笑みをたたえたままに答えをくれる。


「んでその吾大警部補さん? でしたっけ。がどうしてここに?」


「あれ聞いてません? そちらの美月さん? にお電話いただきましてね。警邏中だった警官と合流してすっ飛んできたんですよ」


 訝しんだ視線を突き刺す俺のことなど歯牙にもかけず、警部補さんはひょうひょうとした態度でくいくいと自分の背後を指し示す。

 よく見ると、半分ほど開いたガラス戸の隙間からは明らか巡回中っぽい洋装をした交番の警官が二人、警部補さんの後ろで控えるように待機していた。

 そうして、朝やってきた際に着用していた覚めるようなレンジ色のとは違う。っていっても目立ちはするだろうピンクのベストに着替えた風の警部補さんが、俺の肩越し人差し指を美月に向ける。


 まさかそうなのか? と俺が首だけで振り返り目で尋ねると、美月は声も発さず小さく肩をすくめた。


「んでもなんで連絡先を。ってあれか、もらった名刺に書いてあったっけか」


「そうですそうです。今朝、聞き込みに回らせてもらった際ほっとんどのご自宅に僕の名刺置いてきてましたからね」


 独り納得する俺に「いやーほんと、こんな使われ方するとは思ってませんでしたけども」といつの間に取り出したのか、俺と彩花ももらった。(押し付けられたともいう)名刺を警部補さんが俺の眼の前でパタパタさせる。


「気持ちの悪い事件も起こったばっかりだしね。まだ彩花ちゃんを付け回した奴が関係あるか分からないけど……まあ、結果としてありがたーく使わせてもらったよ?」


 次いで、俺と警部補さんの注目を一身に浴びても全く表情を変えずしれっと宣う美月さん。

 そんな様子の幼馴染を半ば呆れと苦笑の混じったまなざしで俺は見つめる。が、この美月さんはその程度のことで小動もしない。


「まあおっしゃる通り、まだ関係性があるか分かりませんけどもね。お恥ずかしい話、あれから大した手掛かりもなくてですね。それでも何かしら容疑者に繋がるかもしれませんし。………お名前は、彩花さんで間違いなかったですよね?」


 浮かべた自嘲気味の苦笑いをすぐ引っ込めると、警部補さんは俺を挟んで彩花に語り掛ける。

 は、はい……とまるで俺を盾にするようにびくっと応じる彩花へやおら人懐こい笑みを張り付け、臆することなく警部補さんが問いを重ねる。


「それで心苦しいんですけども、状況をお教えいただいてもいいでしょうかね?」


 申し訳なさそうに目を伏せる警部補さんに、彩花は戸惑った様子ながらもおずおずと顛末をしゃべりだした。



「えーとはい、夕方に私が友達と別れて踏切を超えたあたりからだったと思うんですけど……」



 体を固くしたまま、彩花の口から事の成り行きが語られる。

 内容は、小山で通話を受けた時の物とさほどの変りもなく、


「なるほど分かりました。お話しいただきありがとうございます。最後に確認ですけども、お怪我はないんですよね?」


 こくりと首を縦に振る彩花へ頷きを返してから、警部補さんは待機したままだった警官二人に目で合図を送る。

 それを受けるや応援でも呼びに行くのか、さっとスマートフォンを取り出したおまわりさんが俺達に頭を下げてからこの場を離れていった。


「ではご協力ありがとうございました。そう、ですね。見回りは強化しますけども、なるべく一人歩きは控えるようにお願いします」


 一通りの聴取を終えた警部補さんは、なんともまあある種「定型的な文言」を残し商店を去っていった。

 そこからは「ええからええから、持ってきんしゃい。お代はいらないよ?」とばあさんがびっしょりと汗をかいた彩花にボトルコーナーから麦茶を取ってき押し付け……もとい、手渡してくれたり、

 なんでか俺や美月にもくれたりと……

 また明日お礼はしに来るから、いやそなげなことせんでええ。なんて問答をばあさんとしばらくした後、疲れ切った風の彩花をボレロに座らせてから俺達は帰路に就いた。


「彩花ちゃん、今晩はうちに泊まってくかい?」


「だな、おばさんもおじさんもいることだし。今夜はそうさせてもらったらいいんじゃないか?」


 帰りの車中、美月の自宅までもうあと1分といったところで徐に運転席の美月がそんなことを提案する。

 俺も、さっきの今で屋根の下に兄妹二人だけってのも心もとないだろうと思いそう促すと、後部座席の彩花はうんとすんなり頷いた。


◇◇


「……兄、さん」


「ほら着いたぞ?」


 間もなくして美月宅に到着すると、真っ先に助手席を降りた俺は後部座席に回り込んでドアを開けてやる。

 汗やら震えやらは収まったみたいだけど、若干ふらつきのある妹の手を引いてゆっくりとボレロから彩花を降ろした。

 よたついた風の妹に「なんかあったら冬華さんか美月に相談するんだぞ?」と言い含めてから、俺は運転席のドアを閉め終えた様子の幼馴染へと彩花を預ける。

 そうして「あとは任せてくれ」とでもいうように片手を上げる美月に妹を託した。


 ……さて、っと。と玄関ポーチに消えていく二人の影が完全に見えなくなるのを待ってから、俺はおばさんと美月ならうまいことやってくれるだろうと踵を返した。

 ザリリッと美月んちからはすぐそこの、うちの裏庭へ通ずる砂利道に踏み入りつつ俺はそう独り言ちる。


(せめても帰りは迎えに行くべきだったかもな)


 それこそ今朝の今で、どこのなんともつかぬ事件に関心を持てっていうのは無理があるだろうけどさ。

 少なくとも「こんな性質の環境」で、人を殺めてしまえるような歪んだ認識を持った輩が潜んでいるかもしれない・多少なりとも警戒すべきだったなと自分の甘さを戒めた。


(美月や吾大警部補の言う通り、彩花を付け回したって奴が関連あるかは分からんけど)


 そんな慰めにもならないことを心の中でぼやきつつ、兄として「彩花を一人にするんじゃなかった」と送り出した後の祭りになって思う。


「にしても、どこのどいつだよ? 気色の悪いことしやがったのあさ!」


 じいさんの所有する裏山の杉の木がガサガサと耳障りなさざめきを立てる。

 やたらとザラついたように聞こえるその音が、ふつふつと胃のあたりからせり上がるムカムカしたものを煽ってくる。

 それは降ってわいた不透明な事件に対するものなのか、それとも自責なのかは分からなかったけど頭の中を支配するイラ立ちを晴らすべく俺はひときわ大きく砂利を踏み鳴らした。

 それから間を置かず、俺は何事もなく自分の家の裏庭に辿り着いた。

 その足でとっとと表に回ると、俺はガラガラーっと引き戸を開けたところでようやっと自分の不調に気づいた。


「ん、やっぱ頭痛いな。……風邪でも引いたか?」


 せいぜい2時間も空けていないというのになんだか懐かしく感じる敷居を跨いだところで、ふと足を止め俺は前頭部を押さえる。

 初めは柄にもなく憤ったせいかなと思ってたけど、どうやらほんとに頭痛がしてるっぽい。

 おまけに、框に上がった途端なんだか身体も重怠いような気がするしということで、こんな時は寝るに限ると俺はさっさとシャワーを浴び就寝することにした。

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