収束-2.ずいぶんと早いご到着なことで……。

 後ろから聞こえてくる美月の声を背に商店前へと出た俺は、歩道と二車線とを仕切る縁石に上がりスマホを頭の高さまで持ち上げた。


(分かり切ってたことだけどさ。やっぱりまあ、スマホのフラッシュライト程度じゃ照らせてせいぜい数メートル。仮にどっかに潜んでるんだとしても、こんな暗闇の中じゃあ分かりっこないか)


 もう一度心もとない手元の光源でぐるっと周辺を見回していると、それまで沈黙を守っていた田んぼやら畑の住人(アマガエル)がにわかに騒ぎ出す。

 一斉にわめきだしたそれを合図にってことでもないけど、眉間にしわを寄せ車道の奥を睨むようにしていた俺はやっとこ意識を背後に戻した。


「ああうん、美月だよ。ついでに言うとだね、ちゃんとどこぞのバカも連れてきてるよ?」


 微妙に強張っていた顔をもとに戻して、俺はひょいっと乗っていた縁石から降りる。

 そうしてドア越し商店内へと呼び掛ける美月に意識を向けてみりゃ、聞こえてきたのは俺に対し憎まれ口を言いたいのかそれとも彩花を安心させたいのか分からない声。


「おいおい、こんな時までずいぶんな言われようだな?」


 俺としてははなはだ不本意ながらの、相変わらずな美月からの扱いに呆れを返してから一回踏み出た焦点の敷地を再び跨ぐ。

 それからすぐにブーンと自販機のモーター音が響く狭っこい駐車場を縦断すると、美月同様曇りガラスの数歩手前で立ち留まり「シルエットだけで妹と分かるそれ」にそっと声を掛けた。


「っとそんなことは置いといてだ。彩花、無事か?」


 俺は浮かべていた呆れ顔から一変、ガラス戸一枚を挟んでそこに立ってるであろう妹へ心配一色に染まった表情を向ける。

 やや躊躇いがちに尋ねた俺が扉の取っ手に右手を伸ばそうとしたところで、ガラス戸の奥から彩花よりも頭一つ分背の低い小塚な影が入り口に近づいてきた。


「なんだべか、そないとこでしゃべってねえで中入ったらいいでねえの?」


 ズズズイットこちら側へ押し開かれた戸の隙間からは、蛍光灯の明かりと共にもうたぶん中学の時以来ぶり? くらいになるだろうばあさんとバッチリ目が合う。

 ほとんど記憶にある通りの姿だった青木のばあさんは、それでも変わったところを上げるとすりゃ目元の小じわが増えたことと数年前より猫背気味になっていることか……


「おやおや、彩花来たんでそうなっとっとは思ってたけんどな、おめえさん彩人かい? ずいぶんでっかくなったこと?」


「ああばあさん、久しぶりだな。今日は彩花が世話になったよ」


 しょぼついた眼をさらに細目、懐かしんだ様子のばあさんの後を追うように店内からは、もう壊れるんじゃないか? って程にガコガコ回る大型扇風機と弱めに掛かった冷房の微風が流れてくる。

 んだんだ。とばあさんは2、3度頷いてから、早く入れとでもいうように背中で組んでいた手の親指をくいくいさせる。


「ありがとう、邪魔するよ」


 みなまで言わずに俺は、先に美月を行かせてから細く開けられたガラス戸の中にさっと入っていった。


 誘われるがまま店の中へ身を滑り込ませると、何年か前と変わらぬ様相のの店舗が俺を出迎える。

 コンビニ程の面積はないものの、地域民が「ちょいとあれ入用かも?」と思った時に事足りるくらいの雑貨品は揃っている感じだ。

 そして入ってすぐ正面のレジ台横には日がな一日ばあさんが尻を据え鎮座している座布団と、

 レジ前のちょっとした棚には子供心をくすぐるような当たりくじ付きの10円ガムにラムネ菓子のヨー●レットなどといった駄菓子類が並ぶ。


 改めばあさんへの礼やら棚上の菓子やらと、頭を過ることはあれども「まずはともかく彩花の安否だ」と俺は妹の顔を覗き込んだ。


「ケガは、なさそうだな」


「う、うんケガとかはないかな?」


 通話中よりもだいぶ呼吸は落ち着いたように思うけど、追われてる間の恐怖や緊張感を示すように彩花の前髪はべったりと汗で額に張り付いていた。

 それにまだ襟足をいじる指先は小刻みに震え、出かけた際と同じ格好のワイシャツ・肩先には幾本か髪の毛が落ちている。


「……そう、か」


 俺はシャツに付着した髪の毛を摘まんで取っ手やってから、念のため「ほんとに傷がないか」隅々までチェックする。


「こんばんは彩人くん、それに美月ちゃんも……いつぶりだい? っと、悠長に懐かしんでる状況じゃあないね。一応110は済ませてあるからすぐにお巡りさん来てくれると思うよ?」


 頭の先からつま先まで「彩花の状態」を確認していると、レジ台の奥。開ききった襖の向こうからおじさんが顔を出す。

 予想していた通りにばあさんの息子、て言っても確かもう50代ぐらいのはずだけど……なおじさんも帰省してきているようだった。


「お久しぶりです助かります!」


 テレビの消えた畳敷きの居間からスマホをひらひら振って出てきたおじさんに俺は頭を下げる。

 にしてもなんだって物騒だこと。とおじさんが続けて口を開こうとしたところで、商店のガラス戸がコンコンコンと3度ノックされた。

 直後、見てわかるほど肩をビクンと跳ねて怯えを見せる彩花の傍にそっと美月が寄り添う。

 それを目の端に入れてから俺は多少の警戒をにじませつつ扉の前に進み出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る